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第四章(十七)初めてのテスト

 (みゆき)は、あの一件の後、学校に通うのが怖かったが、助けてくれた出流(いずる)に悪いような気がして、休まずに通っていた。  眼鏡(めがね)と金髪の男子生徒は、あれから手を出して来る様子はない。  男子生徒達も、タイミングが良かったので、魔がさしてしまったというだけで、事件が教師に知られてはまずいと言う事は分かっている。  それに、出流はいつも以上に幸から離れないようにしていたし、今回の件は、これで終わりそうだった。  しかし、ここで新たな問題が起こる事になる。  とは言っても、別に誰かに(おそ)われるとか、そういう類のものではない。  それでも、出流にとっては大事件で、何かの弾みに「テスト嫌だ!」と叫んでいた。  そう、中間テストの期間がやって来たのだ。  このフリースクールは、前期後期に分かれた二学期制を採用(さいよう)している。  なので、大きなテストは年に四回。  前期は、六月に中間テスト、休みが明けて九月に期末テストがあり、後期は、十一月に中間テスト、二月に学年末テストがある。  そして、六月、三日間の準備期間の後テストが始まる。  大きなテストは、幸にとって初めての事で、不安ばかりが大きくなって行く。  元々きちんと勉強をしていたし、授業にはついていけているのだから、気にする事はないのだが、出流が大騒ぎしていたので、幸も怖くなってしまったのだ。  幸は、いつものように、迎えに来ていた大河(おおかわ)の車に乗り込む。  そして、テストの事を聞こうとしたのだが、大河は、今日の昼ドラが余程(よほど)面白かったらしく、話し始めて止まりそうにもない。  幸は、何も言えぬまま家に帰り、やっと聞けると思ったら、今度は買い物を忘れていたと言って、慌てて出かけて行ってしまった。  幸は、大河が帰ってくる(まで)はいつもの勉強をして待っていようと、センターテーブルに勉強道具を並べた。  しかし、勉強が終わっても大河が帰ってくる様子はない。  幸は、思い出して、学校で(もら)ったタブレットを開く。  これに、テスト範囲の問題が入っていると、斉藤(さいとう)が言っていたのだ。  そして、幸が問題を解いていると、大河が買い物から帰って来た。 「ただいま」  大河が声をかけると、幸が顔を上げる。 「おかえりなさい」  幸が挨拶(あいさつ)を返すのを聞きながら、大河は荷物を片付ける。  それから、いつも手伝いに来る幸が来ないので、どうしたのだろうかと、様子を見にリビングに戻った。  すると、幸はタブレットを机に置いて考え込んでいる様子だった。 「勉強?」 「はい」  大河は、幸の返事を聞きながら、しみじみと言った様子でタブレットを見る。 「それにしても、最近の学校はハイテクになったよね」  大河に言われて、幸は首を(かし)げた。 「ハイテク?」 「ハイテクって分からないか。何て言うんだろう? 技術の進歩?」  何と説明したらいいか分からず、大河はしどろもどろになってしまう。  それを見て、幸は聞いてはいけなかったのかと不安になった。 「ごめんなさい」  幸が謝ると、大河は申し訳なさそうに頭をかく。 「こっちこそごめん。と言うか、すぐ謝るの幸の悪い(くせ)だよ」 「ごめんなさい」  注意されて、幸はつい謝ってしまう。 「少しずつ気を付けていこうか」  そう言って、大河は苦笑する。 「はい。ごめ……」  幸の癖は、しばらく治りそうもなかった。  そんな、やりとりをした後、大河はタブレットに表示された「中間テスト」と言う文字が目に入った。 「もうすぐテストがあるのか」  大河は、そう言って嫌そうな顔をする。  それを見て、幸は不安になりながらも、大河に聞いてみる事にした。 「初めてで」 「初めてって、テスト?」 「はい」  幸は、そう言って(うなず)く。  正確には、小学校に通っていた頃にもテストを受けた事はあったものの、こんな大掛かりなものではなかったのだ。 「まあ、初めてなら、どんなものか慣れるために、気楽に受けてみたら?」 「気楽に?」 「みんなも、初めての時はあったんだし、難しく考えずにさ」 「えっと、どう勉強したらいいのか、分からなくて」 「ん?」  大河は、そう言ってタブレットを(のぞ)き込む。 「先生に出そうなところ〜って、習ってなかった?」 「あ、習ってます」 「じゃあ、そこを集中的に、山を張って、この問題集に出てる問題と答えをひたすら覚える!」 「山を張る?」  幸が不思議そうな顔で問いかけるのを見て、大河は言葉の意味が分からないのだと理解した。  しかし、上手い言葉が思い浮かばない。 「えっと、なんだろう? 出そうな問題? を、選ぶ?」  幸はそれを見て、咄嗟(とっさ)に謝りそうになる。 「ごめんな……」 「幸〜」  大河はそれを聞いて、幸の頭をぐしゃぐしゃにした。  しばらくすると、三枝(さえぐさ)が帰って来た。 「ただいま」 「おかえりなさい」  三枝が挨拶(あいさつ)をすると、幸は顔を上げて挨拶を返し、大河も軽く返事をする。 「お疲れ」 「サンキュー」  三枝は返事をすると、上着を脱ぎながらセンターテーブルに近付き、二人の会話に混ざろうと声をかけた 「何やってるの?」  三枝は、いつも、帰る事が出来なかったり、遅くなったりして、なかなか話す機会がないので、早く帰った時くらいはコミュニケーションを取りたいと思っていたのだ。 「幸、初めてのテストで悩んでるんだって」  大河の話を聞いた後、三枝は「ふうん」と相槌(あいづち)を打ってから、幸に問いかける。 「何が分からないって?」 「どうやって、勉強したらいいか、分からなくて……」  三枝の問いに、幸はオドオドしながら答える。  その答えに、三枝はてっきり、勉強の内容が分からないと思っていたので苦笑してしまった。  しかし、勉強の仕方と言われても、どう答えていいか分からず、普段の様子を聞いてみる事にした。 「幸は、いつもはどんな勉強をしてるんだ?」 「毎日、学校で習った事の予習や復習をしています」  三枝は、それに軽く相槌を打ちながら質問を続ける。 「で、勉強で分からない事もないんだよな?」 「はい」 「じゃあ、テスト範囲を見直して、問題解くくらいでいいと思うよ」  それに、大河が驚いたように(たず)ねる。 「それって、全部やるって事?」 「そうだけど?」  三枝は、大河の質問を軽く流し、言葉を続ける。 「まあ、学校のテストくらい、そんなに難しく考えなくて大丈夫だよ」  しかし、次に三枝が余裕の発言をした事に、大河はキツく(にら)みつけた。 「学校のテストくらいって何? 全然、参考にならない!」  幸は、大河と三枝を交互に見て、口を開きかけてはまた閉じる。  三枝はそれを見て、大河を非難するような視線を向けた。 「ほら、困ってるだろ?」 「え?」  大河が幸を見ると、幸は申し訳なさそうに(うつむ)く。 「ごめ……」  そして、謝りかけて咄嗟に手で口を(ふさ)いだ。 「ん? どうした?」  三枝が、幸の仕草を見て不思議そうに問いかけると、大河が幸の謝り癖の矯正中なのだと言う。  それを聞いて、三枝も納得したように相槌を打つ。 「ああ」  そう言ってから、三枝はテストの話に戻る。 「で、勉強で分からないところとかないか? 今なら見れるけど」  三枝の言葉に、幸は首を横に振る。 「勉強は、大丈夫です。ただ、テストが怖くて……」 「怖い? テスト受けるの初めてだっけ?」  幸は、三枝の問いに頷く。  三枝は、幸の手元に視線を落とすと、タブレットに表示されている問題集に目を止めた。 「これって、テスト範囲の問題?」  尋ねられて、幸はまた頷く。 「はい」 「じゃあ、ざっと見直して、これやるだけで大丈夫だよ」  大河は、その会話を聞いて、信じられないものでも見るような顔をする。 「きっと、こう言う人たちが、テスト勉強してないって言うんだ……」  そうやって、しばらく話してから、大河が夕飯の時間を過ぎている事に気付いた。 「食事忘れてた!」 「あ!」  それに、幸が驚いたように声を上げて、慌ててテーブルの上を片付け始める。 「ごめん。作ってない」  大河が、申し訳なさそうに言うと、三枝がため息をつきつつ提案する。 「弁当と宅配、どっちがいい?」 「ええと。……幸は?」  幸は、大河に話を振られて戸惑うが、出流が食べていたコンビニ弁当を思い出した。 「コンビニのお弁当が食べたいです」  それに、大河と三枝が幸を見る。 「あ、ごめ……」 「こら!」  大河は、そう言って、幸の頭をぐしゃぐしゃにする。  三枝は、それを横目に、ネクタイを外すと、カバンから財布を取り出した。 「コンビニについたら電話する」 「ごめん!」  大河は、その背に向かって両手を合わせた。

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