100 / 103

第四章(十八)テストを終えて

 (みゆき)は、中間テストの心配をしていたが、無事終える事が出来た。  それでも、答案が返される(まで)は不安で仕方なかったが、返って来たテストは全教科満点で、幸はほっと胸を()で下ろす。  しかし、出流(いずる)はと言うと、幸の隣で頭を抱えて唸っていた。 「どうしたの?」  幸が尋ねられ、出流は顔が上げたが、その表情は悲壮感漂(ひそうかんただよ)うものだった。 「テストの結果が……」  出流が珍しく歯切れの悪い言い方をする。  幸は、心配そうに出流を見るが、彩花(あやか)は違った。  彩花は、振り向いて出流を見ると、冷たく言い放つ。 「どうせ、テストの結果が悪かったんでしょ」  図星(ずぼし)を突かれて、出流は大きな声で言い返す。 「うっせえよ! お前に何が分かるんだよ!」 「だって、いつもの事じゃない」 「黙れブス!」  出流はそう言うと、机を叩いて勢いよく立ち上がった。 「喧嘩(けんか)はやめようよ」  幸も少しは二人の間に入って、仲裁(ちゅうさい)しようと口を(はさ)む。 「喧嘩じゃねえよ。鈴木(すずき)が俺の事バカにするからいけないんだ!」 「だって、ホントの事じゃない」 「彩花ちゃん。やめようよ」  そう言われて、彩花が驚いたように幸を見る。 「幸君が止めるのって珍しいね」 「あ、ごめんなさい」  幸は、自分が悪い事をしたのかと咄嗟(とっさ)に謝るが、彩花は慌てて訂正する。 「違う違う。なんか、慣れて来てくれたんだなって嬉しかったの」 「だよな」  彩花と出流は感心したように幸を見る。  二人は、幸が止めに入った事で、気持ちを落ち着かせる事が出来た。  そこで、出流が落ち着いた調子で、彩花に話しかけた。 「それより、鈴木。さっきの訂正しろよな」 「ごめん。でも、それなら西尾(にしお)君も訂正してよ」 「ごめん」  お互い謝ったが、彩花の言い方が悪かっただけで、出流の成績が悪いのは本当の事だ。  そして、今回の出流のテストの結果もやはり悲惨(ひさん)だった。  数学、三点。  国語、十五点。  等々。  出流は椅子(いす)に座ると、頭を抱えて髪の毛をかきむしる。  勉強が苦手な出流にとって、テストは憂鬱(ゆううつ)でしかなかない。  出流も勉強をしようと言う気が訳ではないのだが、いかんせん頭がついて行かないのだ。 「じゃあ、私は向こうに行くね」  彩花はそう言うと、頭を抱えて唸っている出流を残して、女子のグループの方に行ってしまった。  出流はそれを見届けると、声をひそめて幸に問いかける。 「なあ。幸って、卒業したらどうするんだ?」  それに、幸は即答(そくとう)した。 「鍵師(かぎし)になる」  幸は将来は鍵師になるとずっと思っていた。  優一(ゆういち)の店で働いていた時も、密売組織で金庫の鍵を開けていた時も、幸は楽しくて仕方がなかった。  鍵を開けるのが鍵師の仕事なら、幸にとってこれ程適したものはない。  しかし、出流は鍵師が何か分からず問い返す。 「かぎし?」 「あ、うん」  幸は聞かれて(うなず)くが、出流は顔を(しか)めて幸を見る。 「かぎし? って、どんな仕事なんだ?」  出流の質問に、幸はしばらく考えてから口を開いた。 「ええと……。鍵を開ける人?」  幸の言葉に、出流は大きな音で手を叩いた。 「ああ、鍵か。そんな仕事があるんだな」 「あ、うん」 「それって、どうやったらなれるんだ?」  幸は急に聞かれて戸惑(とまど)う。  ずっと「鍵師」になるのだと思ってはいたが、どうやったらなれるのかなど考えた事もなかった。 「分からない……」 「そうなのか。でも、それってやっぱり、高校行かないといけないのか?」 「高校?」  幸は、高校が何か分からず聞き返す。  今まで、特異な生活をしていた幸は、当然知っている筈の事も知らなかったりするのだが、出流にそんな事が分かる訳がない。  出流は、幸の反応が薄いのを見て、いつものようにうまく話せなくて困っているのだろうと、色々考えてから質問をする。 「それとも、そう言う専門の学校があったりするのか?」 「分からない」  幸は、出流の言葉に首を横に振る。  何もしなくても、自然になれるものだと思っていたので、今まで考えた事もなかったのだ。  そこで、ふと出流がどうなりたいのか気になり、今度は幸が問いかけた。 「出流君は?」 「俺は、機械とか、そう言うのに興味があるから、工業高校に行きたいんだ」  出流は即答すると、真剣な顔で幸を見た。 「凄いね」  幸は、よく分からないながらも、出流が将来の事を考えている事に感心した。 「そうか? 凄いか?」  出流は自慢そうに鼻を掻くが、すぐに情けない顔になって下を向く。 「ただ、勉強できないからさ。斉藤(さいとう)推薦貰(すいせんもら)っても、入れるかどうかってところなんだよな」 「そうなんだ……」  幸はよく分からず、心配しながらも、曖昧(あいまい)な言葉を返す事しか出来ない。 「このままじゃヤバイよな」  出流はそう言って、深いため息をつく。  それから、ふと思い出して幸の顔を見て問いかける。 「そういえば、幸ってテストどうだったんだ?」  聞かれて、幸は申し訳なさそうに答案を見せた。  全教科満点の答案を見て、出流は驚いたように目を見開く。 「幸、頭いいんだな」  感心したように言ってから、出流は思いついたように手を叩いた。 「なあ。もし良かったら、今度、勉強教えてくれよ」 「えっ。いいけど」 「ありがとう! 助かる!」  出流は幸の手を(つか)むと、満面の笑みで上下に振る。  幸は、嬉しそうにする出流を見ながら、これで、この前の事件の恩返しが出来ると笑みを浮かべた。

ともだちにシェアしよう!