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第四章(十九)幸の悩み事

 (みゆき)は、大河(おおかわ)に聞きたい事があるのだが、どう切り出したらいいか分からず、帰りの車内、助手席で揺られながら、真剣(しんけん)な顔で悩んでいた。 「テストお疲れ様」  大河は声をかけたものの、悩んでいる風な幸を見て、テストの結果が悪かったのかと、今はそれ以上触れられない事にした。  そこで、大河は、家に帰ってから軽い調子で聞いた方がいいのかと、学校とは関係のない話題を振る。  幸もそれに答えてはいるが、悩んでいるのは「鍵師(かぎし)」の事と「出流(いずる)に勉強を教える」と言う事だ。  むしろ、幸にとってはテストの事を聞いてくれた方が話しやすいのだが、話題が()れていて切り出すタイミングが見つからない。  そうこうしている内に、車はマンションに着いてしまった。 「もう食事の支度(したく)はしてあるから、ゆっくりしていいよ」  大河はそう言うと、幸がソファに座るのを確認してから、キッチンに向かった。  残された幸は、落ち着かない様子で大河を待つ。  幸の一番の心配は「鍵師」にどうやったらなれるかと言う事もあるが、当面(とうめん)の悩みは「出流に勉強を教える」と言う事だ。  今、幸は三枝(さえぐさ)のマンションに住んでいる。  そして、学校の送迎(そうげい)は大河がしている。  この状況では、ここに呼ぶというのも、出流の家に行くと言うのも言いにくかった。  幸が真剣な顔で考え込んでいるところへ、大河が飲み物を持って帰って来た。  もう、気温は高くなっているが、幸の飲み物は温かい緑茶だ。 「お待たせ。お茶いれて来たよ」  大河はそう言うと、飲み物を置いて幸の(となり)に座る。 「テスト、帰って来たんだっけ?」  大河は、言いにくそうにしながらも、ジュースを飲みつつ幸に問いかけた。  その言葉に、幸はやっと言い出せると瞳を輝かせ、カバンから答案(とうあん)を取り出す。 「あ、これです」 「どれ?」  大河は、幸がテーブルに答案を広げるのを見て声を出した。 「満点!?」 「あ、はい」 「幸、頭いいんだね」  そう言って、大河は幸の頭を()でた。 「ありがとうございます」  幸は礼を言って、照れたように(うつむ)く。  そして、大河が撫でるのをやめると、髪を整えながら顔を上げた。 「えっと、聞きたい事があるんですが……」 「ん? 何?」  大河に聞かれて、幸は少し考えてから口を開く。 「高校に……」 「高校? 何処(どこ)か行きたいとこあるの?」  幸は、大河が勘違(かんちが)いしているのを見て、自分の言い方が悪かったのかと気付くが、どう話せばいいのか分からない。 「えっと、そうじゃなくて……」 「ん?」 「えっと、出流君なんです」 「出流君?」 「あ、はい」  大河は、幸の言葉をゆっくり考えて言葉を続ける。 「ええと、出流君が高校に行くの?」 「はい!」  幸は、伝わった事が(うれ)しくて身を乗り出す。 「それで、出流君が勉強を教えて欲しいって言うんですが、えっと……」 「ああ、一緒に勉強したいんだね」 「はい!」  そう言って、幸は大きく(うなず)いた。  そこで、大河も、幸が帰りの車の中で悩んでいた訳を(さと)った。 「ここに連れて来るか、出流君の家に行っていいかって事だよね?」 「はい!」  笑顔で答える幸に、大河も笑顔で二、三度首を(たて)に振る。 「じゃあ、三枝に聞いてみようか」 「あ……」  しかし、ここへ来て、幸は三枝が許してくれないのではないかと言う考えが頭に浮かび、表情が少し曇る。 「ん? ああ。三枝? OKすると思うよ」  大河が察して告げると、幸は表情を明るくして頷いた。 「そっか。出流君は高校行きたいんだね」  そう言ってから、大河は幸を見る。 「幸も高校行くよね?」  それに、幸は首を横に振る。 「分からなくて」 「ん? 行きたいって言えば、三枝は許してくれると思うよ?」  幸は「鍵師」になるには、どうしたらいいか分からず悩んでいる。  高校に行かなければならないなら行きたいが、幸にはどうしたらなれるのかも分からない。 「えっと……」 「ん? 何かなりたいものがあるの?」  大河に聞かれて、幸は大きく首を縦に振る。 「鍵師になりたいんです」 「鍵師? って鍵の職人か何か?」 「そうです。鍵を開ける人、です」 「へえ。もう将来の事が決まってるって(すご)いなあ」  大河は、自分の中学時代を思い出して、感心したように幸を見る。  しかし、幸は漠然と「鍵師」になると思ってはいるが、出流のようにフリースクールを出てからどうするかなど考えてもいなかった。  幸は、色々と考えてから、首を横に振る。 「何も知らないんです」 「ん?」 「どうやったら、なれるか」  心配顔の幸に、大河は笑いかける。 「じゃあ、一緒に調べようか」  そう言うと、大河は自分の携帯端末(けいたいたんまつ)を二人の真ん中に置いた。  そして、資格のページを見つけて、二人で端末を(のぞ)き込む。  幸には、難しくて読めない漢字が沢山あったので、代わりに大河が読んで聞かせた。 「十六歳以上で、日本国籍(にほんこくせき)で、前科(ぜんか)がなくてか。年齢制限があるんだね」  幸は、大河が読み上げるのを聞いて、分からない単語があったので聞いてみる事にした。 「えっと、『こくせき』と……『ぜんか』って何ですか?」 「ああ、難しかったか。日本国籍は、日本人って事だから、幸は大丈夫だね。後、前科っていうのは、悪い事をして捕まったりしてないかって事だから、こっちも問題ないよ」  その答えに、幸は表情を暗くする。  幸は、密売組織(みつばいそしき)にいた時にはよく分からなかったが、今では、自分のしていた事が悪い事だったのではないかと、なんとなく気付いている。  誰かに確かめた訳ではないが、それが悪い事なのだとしたら、幸には「鍵師」になる資格がないのだ。 「後は年齢だね……。あ、資格を取るんじゃないなら、年齢関係ないのかな? ねえ、幸?」  幸は、大河に聞いてみた方がいいのかとも思うが、自分に前科があるかもしれないなど言える(はず)もない。 「えっと……」 「何かあった? 疲れた?」  大河に聞かれて、幸は力ない調子で首を横に振る。 「ん?」  心配そうに、大河は幸の顔を覗き込む。 「なんでも、ないです」  幸は、俯いたまま顔を上げようとしない。 「部屋で休む?」  大河に聞かれて、幸は一人で考えた方がいいのかもしれないとも思ったが、一人になると嫌な事しか考えられない気がして、返事が出来ずにいた。  幸はしばらく考えてから、出流の事を思い出し、顔を上げて大河を見る。 「えっと、三枝さんは……」 「ああ。今日は遅くなるかもしれないって言ってたけど、帰っては来るみたいだから、先に食べて待っとこうか」  そう言って、大河はソファから立ち上がる。  幸は、返事をすると、それに続いて立ち上がった。  

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