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素直になるクスリ

「どうぞ、座って。お茶を淹れよう」  前が開いてしまわないようマントの合わせた部分をぎゅっと握り締めて、アランは小さな丸椅子に腰掛けた。セルゲイの部屋はいかにも科学者らしく、専門書や標本、不気味な薬壺が所狭しと並ぶ雑然とした場所だった。 「何があったか知らないけど、まずはこれを飲んで落ち着くんだね。顔色悪いよ」 「…………悪ぃ」 「ボクとアランの仲だからねぇ」  セルゲイの淹れたお茶は濃い茶色の苦そうなものだったが、一口飲むと爽やかな香りが鼻を抜け、穏やかな気持ちになってくる。アランは「旨いな」と呟くと一気にそれを飲み干した。  その様子を立ったまま見つめていたセルゲイは、首をぐるりと回して「さて」と微笑んだ。 「それじゃ、本当のことを教えてもらえるかなぁ」 「え……? な、お前まさか……?!」  大声を上げ立ち上がった途端、アランの視界はガクッと揺れ、全身の力が抜けていく。 「な、何を……飲ませたんだよ……」 「自白剤の類、痺れ薬ブレンド」  その場に崩れ落ちたアランは、床に横倒しとなったまま、渾身の力を眉間にこめて幼馴染を見上げた。 「相変わらずだねぇ、アラン。君は僕のことを何も理解していない。まぁ、ヒトに興味がないのはボクも同じだけど」 「何の話……」  セルゲイは屈み込んでアランのダークブロンドの髪を掴むと、そこに顔を寄せた。 「これは小便なんかじゃないよねぇ。魔物だ。魔物の臭いだ。それも君の汗や、吐息から漂って……。ただそれらと戦っただけではこうはなるまい。なぜだ? その体を乗っ取られたのか? 傷口から入り込んで? それとも…………何があったぁ?」  分厚い眼鏡の奥で好奇心に爛々と輝く瞳に見つめられ、アランは視界がグルグルと回るのを感じていた。もはや思考はまともに働かず、ただ苦しみから逃れる術がそれしかないと信じて縋り付くように、セルゲイからの質問を繰り返す。 「何が……あったか?」 「そうだよ。答えれば楽になる。何をされた? どんな魔物だった?」 「オレは……す、スライムに……」 「スライム? どんなスライムだぁ? まさか普通のじゃないだろう?」 「普通の、青い……」 「へぇぇ、興味深い」  セルゲイは立ち上がると、アランが倒した椅子を直して腰掛け、机の上にあったノートにペンを走らせた。 「そのスライムに何をされた? いや、まず君の方から攻撃を仕掛けたんだろう? 何を……」 「違う。オレは、いつの間にか寝てて……目が覚めたらスライムが、体に……」 「いつの間にか寝てたぁ? 村一番とも言われる剣士の君がぁ? ふむぅ」  唸りながら足元に転がるアランをしばし見つめ、セルゲイは「スライムというのも幻術の類か」と呟いて再び視線をノートに戻す。 「それで、スライムはどんな攻撃を?」 「……そ、それはっ……言いたくないっ……」 「時間を掛けても苦痛が長引くだけだよ。それくらい君にもわかるだろう?」  自白剤を飲んでもなお言い淀むアランに対して、セルゲイは暇そうに首を回した。 「いいからさぁ、答えなよ。君はスライムに何をされた?」 「か、体に……入ってきて」 「意味がわからないなぁ。どこから?」  アランは脂汗を滲ませながら、かろうじて動く指先でマントを掴もうとする。しかし、セルゲイはその動作を見逃さず、二枚の布が合わさる場所をブーツの先で蹴り上げた。 「そういえば、君がそこに何を隠しているのか気になっていたんだよね」 「……っ」  ふわりと持ち上がったマントの中から、鍛え上げられ引き締まった太腿が覗く。 「ん、んん〜? 妙な服を身に着けているね。奇抜だが君に似合っているよ」  腰に巻いたベルトの下から膝丈のブーツの上まで、アランの地肌が丸見えになっていることについて、セルゲイは皮肉とも本気ともつかない発言をした。そしてそこに手を伸ばそうとするが、触れる直前で思い止まる。 「スライムの体液が特定の物質だけを溶かすという事例は聞いたことがある。しかし、直接触れるのは危険だ」  セルゲイは独り言のように呟きながら壁にかけてある白衣を羽織り、ゴムのような素材の手袋を嵌め、改めてそこに横たわる幼馴染の下半身に手を伸ばした。 「入ると言えばここか」 「……っ!!」  何の躊躇いもなく片側の尻たぶを持ち上げるようにして穴を覗き込むセルゲイに対して、アランは痺れる体で精一杯の抵抗を示す。 「さ、触んな!! この変態が!! 見んじゃねぇ!! 殺すぞ!!」  セルゲイを掴んだはずの腕は空を切り、蹴り付けたはずの足はすぐに床へと力なく落ちる。それでも、銀髪の科学者は目を見開いて驚いていた。 「おやぁ? もう動けるんだね。君の代謝を侮っていたよ」 「うるせぇ!! 許さねぇからな!! このオレに、こんな舐めたマネしやがって!!」 「……君はそのままでいいのかい?」  縺れる舌で激昂するアランに対して、セルゲイは冷たく言い放つ。 「はぁあ?! 何が……」 「に、まだ入ってるんだろう?」  ゆっくりと誇張するように指摘された途端、剣士は腹の奥底で蠢くものを感じ取った。いや、それまでは受け入れられずにいたものを否応なしに認識させられたのだ。 「尻の穴から魔物の体液が漏れ続けている。それに、さっきも言ったが、君の汗や吐息からも魔物の臭いがする。……君の中のその魔物は今後どうなる? 腹を突き破って出てくるのか、それとも君自身の体を乗っ取りキメラ化するのか」 「そ、そんなことが……あるのか……?」  剣術の鍛錬ばかりしてきて、魔物の生態について多くを学ばなかったアランは震える声で聴き返す。 「事例はあるよ。ゴブリンに孕まされた女ならこの村にもいただろう。彼女は治療したけどね……。でも、見てみたかったなぁ。そのままにしておけばどうなったんだろう。ちょうど中型の魔物用の檻が一つ空いているんだよねぇ」  セルゲイは手袋を外すと、先ほどまでの気勢を殺がれ、すっかり怯えた瞳で自分を見上げる幼馴染を鼻で笑った。 「まぁ、そんな顔をするなよ。実際のところ、君に死なれてはボクだって困る。研究に必要な材料は君に頼むのが一番手っ取り早いからねぇ」  そう言いながら、彼は部屋の奥に置いてあった箱型の装置の電源を入れた。 「取り除いてやるよ。んん? そうしてほしいんだろう?」 「うっ……」 「なぁに、じっとしていればすぐに終わるさ。君が一言『お願いします』と言えればね」  昨夜は最低級の魔物に体を蹂躙され、今日は人の心を持たない科学者に懇願させられようとしている。悪い夢であれは一刻も早く覚めてほしい。アランは屈辱に顔を歪ませながら、唇を噛んでいた歯を少し浮かせた。 「……た、頼む。……お願い、します」

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