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第2話
2.好きな人
そんな話をしたあとだったからなのか、中1のその夜、夢を見た。
一心不乱に俺は誰かに向かって腰を打ちつけているみたいだった。下半身がやたらにぐずぐずと疼いて、自分の動きがどうにも止められない。こんな感覚は初めてだった。何度も何度も前後すると、やがて腰の辺りから爆発するような昂りが一気に迫り上がって来て、全身を貫いた。一気に何かが脳内で弾けるような感覚があって、身体から生温かい何かがわっと飛び出し、その人の剥き出しの腹にびしょりと掛かる。
「…千早、バカ、濡れただろ」
その人は頬を上気させ、息を少し切らせて困った顔をして笑った。
「ごめん」
こちらもはぁはぁと呼吸しつつも、笑って謝る。
そこで、目が覚めた。
覚醒した瞬間に幼稚園の頃におねしょしたときと似たような何か冷たい感触があり、下着の中の異変に気づいて俺は驚いた。
「うっ……わーーー!!」
俺は大声で叫び出しそうになって慌てて口に手を当て、ボリュームを抑える。
「これって…」
これが、あの、例の、精通、ってやつ…?
保健体育の授業でやったよな。
『男子はだいたい10〜18歳くらいの間までに精通を迎えます。女の人を見てエッチなことを考えたりしてしまったときに性器を触って起こったり、夢精と言って…』
体育の教師がどこか気まずそうな表情で言葉を選び選び言っていたことが蘇るが、ひとつ間違っていることがある。
先生、俺の夢精の相手、男だったよ。男なら誰でも女の子にムラムラするとは限らないんだよ。
数兄は女の子にムラムラしてるんだろうな。
窓から校庭を見ると、ちょうど数兄のクラスが体育でハードル走を行っているところだった。
数兄はひょい、ひょい、と軽々、爪先さえも引っかかることなくハードルを飛び越えている。背が高くて脚が長いから跳び易いのかな。
ジャージを着てクラスメイトと笑い合っているその姿は屈託がなくて、爽やかな少年そのものだ。あんな風でもエロ動画とか見ちゃうんだもんな。きっと数兄は今つきあってるナツミか他の誰かとかは分からないけれど、近い将来、女の子とセックスするんだろう。
俺もできるかなあ。どうせ数兄とはセックスできないなら、せめて数兄より先に済ませてしまいたい。
これって何なんだろうな。単なる負けず嫌い?それともまた数兄がどんな顔するか見てみたいのか?
(どんな顔もしねーよ、バカ)と自分自身にツッコむ。
数兄なんてどうせ『おい、早えーな、千早!弟分の癖に生意気なんだよ。お前なんてこないだまで子供だったのにさあ』とかなんとか言って驚くだけだ。で、『いいなあ、俺も頑張るわ』とかちょっと羨ましそうに言うんだろう。あの人はどうあがいたって普通の男なんだから。
むしゃくしゃした俺は禁止されているパーマをかけて髪色を少し明るくし、制服をラフに着崩し、こっそり三つもピアスホールを開けた。そしたら、今までも割とモテてたけどさらにモテ始めてしまった。
で、バレンタインデーに告白された中で一番可愛い子と付き合ってみた。正直、俺は秋に彼女ができた数兄がもう何か経験を済ませていないかとびくびくしていたのだ。さすがにキスくらいはしたんだろうなあ。数兄の初キスか。その権利があるナツミが羨ましかった。
俺の彼女になったのは隣のクラスの江口カンナだった。カンナはスカートはもうすぐパンツが見えそうなくらいにいつも短く、ちゃんとメイクをしていて、髪は明るめの茶色にしていてギャルっぽかった。数兄の彼女とは正反対のタイプだというのも良い。
「千早くんの顔がスキ」
カンナはよくそう言った。
「告白してきた理由ってそれだけ?」
「そんなことないよ。優しそーだなと思ったし、オシャレだから気になってた」
優しそうねえ。カンナ、見る目ねえな。俺なんてお前を利用して数兄の気を引こうとしてるだけなんだから、悪人だよ。
けど、どのみちカンナは俺の内面なんてあんまり気にしてなさそうだった。自分のことばっかり喋るのだけど、カンナと何を話していいか分からない俺にはそれが楽だった。カンナだって、おおかた見た目がいい彼氏が欲しかっただけなんだろう。
数兄がもうキスくらいは済ませてるかも、と思って焦っていた俺は母親が出かけている夕方にカンナを家に誘った。そして、キスをした。
最初は軽いキスだった。けど、俺は経験を一段飛ばししたかった。でないと、数兄に勝てないと思ったから。だからやり方もよく分からないのに、舌を入れてみた。カンナはびっくりしたようで俺の腕をギュッと握って来たけど、すぐおとなしくなってされるがままになった。
ただ、俺はやっぱりそういうことをしていてもこの行為の何がいいのかは分からなかった。カンナの舌からはさっき飲んだペットボトルの紅茶の味がしてきた。これが数兄だと思ったら興奮するのかな、と思って脳内映像を数兄にしてみようとしたけど、カンナの付けている香水なのか制汗剤なのか香りが強く嗅覚を刺激して、すぐ数兄の顔はかき消されてしまった。
最低な俺の考えに全く気づいてないカンナはとろんとした目をしていた。そのあとは「もうすぐ母さんが帰ってくるから」とさっさとカンナを追い出して俺は物思いに耽ってぼんやりしていたが、思いついて数兄にLIMOでメッセージを打った。
【数兄、今、家?】
しばらくすると返事が来た。【いや、部活からもーすぐ帰るとこ】
【俺、やっちゃった】
【なんだよ、やっちゃったって?あ!お前、彼女できたって言ってたよな…まさか!】
【そう、やっちゃった…ていうか、キスした。舌入れるやつ】
【はあ〜〜?マジかよ】
返信には目が飛び出そうなくらいびっくりしたキャラの顔のスタンプが付いてきた。この反応は、どうなんだろう?俺は緊張してメッセージを打った。
【数兄も、したんだろ】
漫画のように両眼を三日月みたいな形に細めて邪悪に笑うキャラの顔のスタンプを付けて送ったが、本心では「した」と返って来たらどうしようかと、めちゃくちゃドキドキしていた。
【ちょっとだけな。したけど、舌なんて入れてねー。やるな、千早。てか手が早えーんだよ、お前。まだ中1だろ?】
ふーん、したんだ。俺は思った。でもどうやら軽いキスのようで、心の底からホッとした。
【そのうち、数兄より先にヤるぜ】
【ちょ、待て待て。俺は慎重派なんだよ、焦らせるなよー。てか、お前、ちゃんとヒニンしろよ】
【へえへえ、わっかりました〜】
できるだけ軽くメッセージを打って送ったあと、やたら虚しさが募って頭を抱えた。
俺って一体何したいんだろ。数兄より早く女とやったって、何の得があるんだ?俺がやった、って聞いたら数兄はじゃあ自分もやろう、って思うかもしれないのに。数兄が嫉妬して止めてくれるとでも?なわけあるか。
気持ちのコントロールが全然できなくて、俺は困った。でも、どうせ数兄とできないのなら意味はない。だったら、女とできるようになっといた方がいいだろ?今のところ、他の男を好きになったりすることもできなさそうだし。
カンナもどうも早く経験をしたがっているように見えた。きっとなんとなく目立っている俺としたら自慢になると思ってるんだろう。俺が舌なんか入れちゃったからますます期待されているようだった。カンナみたいな派手な女子にとっては、とにかく他の子より先にいろんな経験を済ませることが重要なようだった。
数兄に先を越されないようにしたいけど、さすがに中1では早いような気がして中2になるまで俺は待つことにし、カンナとのらりくらり買い物に行ったり軽いキスをしたりして付き合っていた。
カンナは学校でも俺との関係を見せつけたいみたいでしょっちゅう教室に来ては腕を組んだり至近距離でベタベタして来たりして正直辟易していたが、友達には「千早の彼女って可愛いよな、いいなー、あんな子に凄え好かれてて」と羨望の眼差しを受けていた。
普通の男だったらカンナと付き合ってるのは自慢でしかないはずだったんだけどな、という苦い気持ちだけが胸に広がって日々モヤついていた。
しかしそんな風に目立つ身なりにしたり派手なカンナと付き合ってたら、やはり俺は上級生に絡まれた。
「てめーだろ、江口カンナと付き合ってんのって?」
昼休みがもうすぐ終わりそうな時間に一人で渡り廊下を歩いていると、不良っぽい身なりの三人の生徒が道を塞いだ。
ああ。また厄介なことになった。小学校の頃はランドセル事件以来、数兄の威光もあって絡まれることはなかったけど、またこういうことって起こるんだなあ。
「…そうすけど」
小さな声で答えると、三人のうちほぼ金髪に近いくらい髪色を脱色した男子が、隣の目つきの悪い奴を指さして言った。
「なあ、こいつ、カンナのこと気に入ってんだ。ちょっと、ここに呼んできてくれよ」
「いや、それは…ちょっと」
「ちょっとなんだよ?」
「江口さんのクラスは、その〜、次の時間、体育かなんかでいないと思うんすよね…」
「知らねーよ、今すぐ呼んで来いって」
無茶言うんだよな、こういう人たちは。
「いや、どこにいるか分かんないので…」
「は?てめぇ、ふざけんじゃねーぞ?」
まったく、話が通じないんだよ、ヤンキーってのは。俺はこの事態をどうやって切り抜けようか頭を巡らせていた。
すると、「おい、どうした、千早?」と背後から呼ばれた。よく聞き覚えのあるその声に振り返ると、やはりその人だった。
「数兄…」
俺は緊張が解けて胸を撫で下ろす。
「何してんだよ?こんなとこで…なに、お前ら、用事あんのコイツに?」
数兄は眉間に皺を寄せて俺の前の三人を睨んだ。
「なんだ、そいつ、倖田の知り合い?」
目つきの悪い男が俺に向かって顎をしゃくった。
「ああ、まあ弟みたいなもん。なんだよ、話あんなら俺も一緒に聞こうか?」
数兄は薄く不敵に笑ってそいつらに答える。いつもは温和な数兄だけど、同級生に比べて身体が大きい数兄が凄むとそれなりに迫力があった。
「いや、倖田の知り合いなら別にいーや。…行こうぜ」
金髪がそう言って踵を返すと、他の二人も背を向けて反対方向に歩いて行った。
「…ありがとう、数兄。いいとこに来てくれた」
俺は「はー」と膝に両手を当てて脱力した。
「あっちの廊下歩いてたら、なんかお前が二年の奴らに通せんぼされてるのが見えたからさー。また絡まれてんのかと思って」
「学校って、ちょっとでも目立つことすっとこうなるよなあ…」
うんざりして言うと、数兄は笑った。
「まあなあ。千早ってなんか、ちょっかい出したくなるところがあるんだよな」
「それ、いい意味じゃないだろ?」
「ま、嫉妬もあんじゃね?お前って人目を引くし、女にもモテるしさ」
「女なんかにモテても何もいいことなんてねーよ」
それは本当にそうだ。全く俺にとってはいいことがない。
「はは、一回言ってみたいセリフだな」
そう笑って言うと、数兄は俺の頭を大きな手のひらでくしゃくしゃとかき混ぜた。
「ちょ、やめろよ、セットが乱れるだろ?」
内心撫でられてグッと来たけど、照れを誤魔化すために俺は数兄の腕を掴んで頭から離した。
久しぶりに掴んだその腕は昔よりもずっと太くて筋肉がついていて、ついドキリとしてしまう。
「ったく、お前は色気づきやがってよお。じゃな、気をつけろよ。またなんかあったら呼べよ」
「…ん、ありがと」
数兄は手を振って廊下を歩いて行く。背中も以前よりずっと逞しく、広くなったように見えた。
もう昔のようにあの背中にもたれかかったり抱きついたりなんて、最近じゃできないな。男と男って、なんてつまんないんだろう。
カンナをまた親が留守のときに部屋に招き入れたのは中2のゴールデンウィークだった。
数兄がたぶん在宅しているのも分かっていた。俺の部屋の窓と数兄の部屋の窓は向かいあっていて、三メートル程度しか離れていない。カーテンは閉まっているが、数兄の部屋から薄っすら音楽が聴こえてきていた。
俺は覚悟を決めてその日のためにこっそりコンドームを買っておいた。付ける練習も何度かしていた。
しかし、甘かった。さっさと済ませようと、いざカンナを目の前にしてコトに及ぼうとしたら、全然その気にならないのだった。
カンナとまたベロチューをしてみて、そっと薄手のブラウスの上から胸の膨らみを触ってみた。短いスカートから剥き出しになっている太腿も触ってみた。けど、全然興奮は湧き上がって来ない。俺にとって胸は単なる身体のパーツでしかなかったし、すべすべした太腿も『男とは全然違うんだな』と思っただけだった。
さすがに女の子の肌を触りつつ、あの陽に焼けてがっしりした数兄の顔を思い浮かべるのは難しかったし、〈すぐ隣に数兄がいる〉という事実が、猛るよりもやはりどうしても気分を萎ませていった。
最初は恥ずかしそうにしながらも期待した表情で頬を赤らめて呼吸を浅くしていたカンナも、肌をさわさわと触るだけで全然やる気のなさそうな俺を見て〈全然興奮してねーなこいつ〉というのが分かったみたいで「…ね、やめよっか、今日は」と、しらけた顔で言った。
「う、うん…」俺は正直、彼女からそう言ってくれて助かったと思っていた。覚悟してやって来た女の子を目の前にして『やる気がなくなりました』なんて、たぶん失礼極まりないだろうことは俺も分かっていたから。
カンナはそのあと自分も気まずいのか、さっさと帰ったのだが、夕方になると数兄からメッセージが届いた。
【千早ぁ〜。見たぞ。彼女、家に来てたな?】
【うん、来てたよ】
【なんか、した?】
俺は一瞬、躊躇ったが答えた。
【した】
【うっそ。え、したってなに、えっち?】
【そう】
【えーーー!!おま、マジかよ?!】
【うん】
【おい、おまえまだ中2だぞぉ?犯罪じゃん】
【合意ならいいんでしょ】
【むずかしいこと知ってんな、お前。な、話、きかせろよ。そっち行っていいか?いや、待て、俺の部屋でいーわ。お前の部屋、今行くとなんか匂いそうでヤだから】
【匂わねーよ。じゃ、行くわ】
すると、〈了解〉のスタンプが返ってきた。
咄嗟に嘘を吐いたが、罪悪感はなかった。俺の方が数兄より先に立ってるんだぞという自信が欲しかった。一体なんのためかは、やっぱり分からなかったけど。
数兄の母親に玄関を開けてもらって二階の部屋に入ると、まだ5月だというのに暑いのか短パンとタンクトップという薄着で、数兄はベッドにうつ伏せで横たわって音楽を聴いていた。
数兄の尻の形が薄い生地ごしにはっきりと分かり、あげく短パンの隙間から下着や素肌が見えて、急に心臓がバクバクと音を立て始め、思わず俺は目を逸らした。そしてはっきりまた自分の性欲の在処を自覚した。
俺に気づくと数兄は耳からヘッドホンを外し、
「よー、千早!いやいや、千早サマ。感想、聞かせてくれよ」
と、ニヤニヤ笑いながら身体をベッドの上に起こし、あぐらをかいてこちらを見た。
俺はズキっとした心の痛みを抑えて、胸を反らせいかにも余裕という感じで黙って微笑んで見せた。
「おっ?」と言い、片眉を上げた数兄に、俺は嘘を吐き続けた。ネットで調べたときの知識を駆使してそれがどんな体験だったかをあれやこれやと捏造して数兄に聞かせてやった。
「数兄、俺があいつとヤったって、誰にも言わないでよ」
一応、俺のためにもカンナのためにも口止めした。やってもいないのにやった、なんて話が広がったらイキって嘘を吐いた恥ずかしい奴というレッテルを貼られてしまう。
「ん、分かった」
数兄は刺激的な話に興奮さめやらぬようで、目を爛々とさせながら頷いた。
この人は俺と違ってバカ正直な奴なので嘘を吐かないし、約束したことは破らない。たぶん俺の嘘はどこにも漏れないだろう。
数兄はその後しばらくしてナツミと別れた。それは寝耳に水で、理由を聞いたら「お前のせいだ」と不貞腐れて言う。
「なに、俺のせいって」
「お前、彼女とディープキスしたりえっちしたじゃん」
「…したけど?」
「俺も、やってみたいと思って…舌入れたら、殴られた」
「えーー?!」
「平手だよ、平手!すっげー痛かった。父ちゃんにだって殴られたことないのに…。ってあれ?これ、なんかのセリフにあったよな?」
「知らねーけど。なに、ナツミは数兄のこと好きなんじゃなかったの?」
「なんか、まだ早かったぽい」
「…真面目そうだったもんなあ」
「なあ?お前の彼女はギャルっぽいもんな、いつも」
「別にそーでもねえよ」
俺はまたホッとした。数兄はまだ童貞だしディープキスもしてない、清い身体なのだ。
で。最低なことだが、付き合う理由を失った俺はカンナを振った。いきなり別れを告げられたカンナは訳がわからないという顔をしていたが、喚いたところで俺の気が変わるわけでもないことに気付いたみたいで「分かった」とおとなしく口を噤んだ。
「ごめん。カンナならまたいい奴、見つかるよ」
同情心から思わず心にもない言葉が出たが、それまでしょんぼりしていたカンナは
「ばーか、うっせー!死ね!!」
と鋭い目つきで捨て台詞を吐き、俺の脛を思い切り蹴っ飛ばした。
クリーンヒットをくらって「痛って!!」とうずくまって動けずにいると、カンナはしばらく俺を見下ろしていたが、くるりと踵を返して去って行った。その態度は逆に罪悪感を薄めてくれて、俺の気を楽にさせた。
その後、数兄は近所の偏差値が高からず低からずの高校に入学した。ならば俺も来年、同じ高校を受験しようと決めた。下手に数兄がやる気を出して偏差値の高いところを目指さなくて本当に良かったと思った。
しかし残念ながら俺の目の届かない高校生活の中で、またもや数兄は彼女を作った。
再び数兄の家に出入りする女の子を見て、指を咥えるだけの日々が始まった。そして、また俺の中に焦燥感が広がった。
マズい。もう数兄は高一だ。そろそろヤってもいい頃合いだと思っているに違いない。
ただ、救いだったのは彼女が相変わらず黒髪、清純、大人しめなタイプだったことだ。肌は抜けるように白く、運動しなくても頬は常にピンク色をしている。メイクなんてしてなくて、大きくは無いが綺麗な瞳をしている。大っぴらにはみんな言わないが、ああいう子は陰でモテるんだよな。
ただ、誤算だったのは今回は数兄から告白したということだった。「同じクラスに可愛い子がいるなー、と思って。なんか綺麗だけどおとなしくてどんくさくて気になっちゃって、告った」その言葉に、
「ハア??!!」と俺は声をあげた。
「数兄、今まで自分から告ったことなんてなかったじゃん…」
「ん?まーな。なんか、他のやつにそのうち取られるかもなー、と思ったら告ってもいいかなと思ってさあ。高一だからまだ勉強とかそんなにしなくていいしさ」
「数兄、テニス部だろ。部活忙しいんじゃねーの?」
「テニスもまあこの年になると限界分かってくるじゃん?中学でも県でベスト16が最高だったし、高校で全国に行けるほどの実力はねーし。もはや趣味みたいなもんだよ」
「え、そんな、つまり暇だから女と付き合うのか?」
「暇だから、ってワケじゃねーよ。別に俺だって男女交際を楽しんだっていいだろお」
「付き合う人が欲しいだけ?たいして好きじゃねーってこと?」
「好き?千早にそんなこと言われると思ってなかったな」
「好きじゃないのに告ったのか?」
「いや、好きだけど…。すごーく、かと言うとよく分かんねー。でも、高校生だぜ?俺たち。彼女くらい欲しくない?」
「…数兄って、サイテー」
「はぁ?すぐ女に手ぇ出す千早に言われたくねーし」
俺はともかくとしてだよ。それほど好きでもない女となんとなく付き合うような男だったのか、数兄は。正直、本当にがっかりした。ただ、当然そんなことでは数兄のことを嫌いになどなれなかった。
「数兄、今度こそ、キメるつもりだろ」
俺は俯いて言った。
「キメるって?」
「ヤるつもりなんだろ、彼女と」
「千早、お前なー、下品なことを言うなっ!…ま、そりゃ、チャンスがあればな…当然」
「ふーん。また殴られないように気ィつけろよ」
「うっせえ。今度は慎重に行くから大丈夫だよ」
慎重に、ねえ。救いはまた彼女が大人しくて奥手そうなとこだよな。数兄に迫られたら嫌がってまた別れることになるかも。
そうだ、別れろ別れろ。数兄なんて付き合う女、全員に振られろ。ひとりぼっちになれ。で、残ったのは俺だけだと思い知ればいい。
俺の呪いが通じたのか数兄は彼女と2ヶ月ほどで別れた。「やった?」って聞いたら「やれるわけねーだろ、バーカ」と言って尻を蹴られた。あの様子だとたぶん、またキスでも迫って相手が引いたんだろう。
まったく、純粋そうなタイプを選ぶからいけないんだよ。それか、よほどアプローチが下手なのか。にしても、何で分からないかなあ。数兄はかっこいいんだから、相手さえ選べばすぐにヤれるのにな。
例えば俺みたいな…って、まあ、俺の場合は数兄にいれたい方だから、そもそもダメなんだろうけどな。
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