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第3話

3.わるだくみ で、ついに数兄の4人目の彼女だ。 せっかく同じ高校に入ってホッとしていたのに、すぐこれだ。年1のペースで数兄は彼女を作ってしまう。 そして相手はまた大人しそうで真面目っぽいタイプ。いい加減学べばいいのにな。 ただ、もう数兄は高ニだ。9月の初め頃から付き合い初めてそろそろ2か月くらい経つ。同学年の彼女だってそろそろ経験してもいいと思っていることだろう。数兄は女には優しいし背も高いし明るくて初体験の相手にはもってこいだと思う。たぶんちゃんと避妊もするだろうし。 一体、数兄が何人の女に振られれば俺の番が回ってくるんだろ。 振られた数兄を『おれにしとけよ』って慰めれば数兄が絆される?全然リアルじゃないよなあ、それ。 ならば実力行使だ。決めた。 俺は数兄の彼女を観察した。同じクラスで、サラサラツヤツヤの黒髪、芯がしっかりしてそうな清純ぽい女の子。数兄の趣味は昔から一貫している。それなのになあ。俺なんて見た目どころか、男だしな。勝ち目なんてあるわけない。 彼女は茶道部に入っているらしかった。活動は水曜と金曜。その日は18:40ごろに校舎を出る。どうも茶道部の副部長をやってるらしく、控えめなせいで一人で片付けでもさせられているのか水金に彼女がぽつんとひとりで帰ることに俺はつぶさな観察の末、気付いた。 俺は彼女がひとりで帰る日を狙っていたのだ。水金以外の放課後も数兄はテニス部があるので一緒に帰る様子はなかったが、たいてい彼女は友達と連れだって歩いていた。 金曜の帰り、帰宅部の俺は図書室で暇を潰し、18:30ごろになると茶道部の部室の近くの誰もいない教室に入ってこっそり彼女が出て来るのを待った。 何人かの部員たちが「おつかれさまー」と言い合って帰って行く。今日も彼女はひとりで部室の片付けでもしているのだろうか。他人事ながらイジメられてないといいんだけど、と思う。一応、数兄の彼女なのだから敵でありつつも身内のような感覚にもなって、同情心も湧くというものだ。 しばらく身を潜めていると、部室の鍵を閉めるような音がしたあと、彼女が廊下を歩いていく。職員室に鍵を返しに行くはずだ。俺はワンテンポ遅れて彼女の後を追った。 やはり職員室に入ってすぐに出て来た彼女の後ろを、気づかれないくらいの距離を保ってついていく。 下駄箱で彼女が靴を履き替えるのを見計らって俺もスニーカーを履き、校庭に向かって彼女が歩き出すのを見ると、後ろから足早に歩き出した。 一旦彼女を追い越して10mほど歩いた俺は、 「うっ…!あいたたっ…!」 と、大きな声で呻き、腹を押さえて蹲った。 当然、ピュアな彼女はびっくりして俺に駆け寄ってきた。 「だ、大丈夫ですか…?」 「あたたた…なんか…急に、ハラが…!」 俺は地面に跪いたまま、目を閉じて苦悶の表情を浮かべた。どう考えてもわざとらしいが、これでも迫真の演技だ。 「あ、あの、どうします?先生、呼びましょうか?」 彼女はやはりかなり純粋な人間らしく、オロオロと辺りを見渡している。 「いえ…。あの、今日、朝から胃の調子が悪くて…。ちょっと休めば大丈夫だと思うんで…保健室に行きたいんですけど…あの、すいませんが、肩、貸してもらっていいですか?」 「あ、ハイ!分かりました!」 彼女は素直に俺の腕を肩にかけて歩き出した。髪の毛からシャンプーなのか整髪料なのか、甘い香りがして俺の鼻をむず痒くさせる。校庭には他に人影はなく、体育館の方からボールがバウンドする音が聴こえてくるだけだ。俺は脚を引きずって〈辛うじて〉というポーズで歩き出す。 「あの…」 「はい?」 「…もしかして、なんですけど…。あ、いてて…」 途中で苦悶の表情をし、痛そうな演技も入れる。我ながらなんか上手くなって来たような…けっこう真に迫ってるんじゃないかな。 「だ、大丈夫ですかっ?!」 「あ、ごめんなさい…だいじょぶです…。あの、もしかしてなんですけど、数にい…あ、倖田数生の、彼女さんじゃないですか?」 「え!そう、ですけど…。倖田くんの知り合いの人、ですか?」 まだ苗字で呼んでるのか。よしよし。距離感はそれほど近くないんだな。 「あの、俺…。家、隣なんす…。数兄の」 「ええ?!あっ!分かった、えーと、千早くん…?」 「あ、そうっす…」 驚いた。俺の名前、知ってるのか?びっくりしてすっくと立ちそうになったが慌てて眉間に力を入れ、ふらりとよろけるフリをする。 「ああっ、大丈夫ですか?」 「だいじょぶ、です…え、あの、数兄、俺の話してたんすか?」 「ハイ。あ、わたし、緑川ユリっていいます。数生くんが、隣の家に一学年下の仲良い奴がいるんだー、って話してて。今度、紹介するよって言われました」 「へえ…そうですか」 今までの子は紹介されずとも道端でばったり顔を合わせたりして紹介されることが多かった。俺のこと、そうか話題にしてたんだな。 保健室は下駄箱を過ぎてすぐの場所にある。俺は当然、保険の先生が金曜の夕方は早く帰ってしまい、保健室に誰もいないことを知っていた。 「あれー?先生、いないですね…」 「ああ、この時間はベッドとか勝手に使ってもいいらしいですよ…。なんか、薬の棚とかには鍵がかけてあるみたいなんですけど」 「へえ。千早くん、物知りだねえ」 「いや、そんなことは…あいてて」 腹を押さえて演技を続けつつ、緑川ユリの助けを借りてのっそりとベッドに横たわった。 「俺のこと、なんて言ってました…?数兄…」 俺はユリに尋ねてみた。ユリの真っ黒な瞳が微笑む。 「千早くんのこと、子供のころからモテて、かっこいい奴だ、って言ってました」 「かっこいい?!」 「はい。なんか、今風でお洒落で、俺とはぜんぜん違うタイプなんだー、って」 「へええ」 まさか、数兄が俺の容姿のことを話してたなんて。オシャレ?初めて聞いたけど、やけくそになってパーマしたりピアスしたりしててよかったな、とか思ってしまった。 「仲いいんですねえ」 にっこり笑うユリに少し良心が痛んだ。が、ここは心を鬼にするべき時だ。俺だって子供の頃から数兄が好きだった。こんなポッと出の女子に盗られたくはない。ま、どうせ俺の片想いなんて最初っから無駄なんだから、恋路の邪魔をちょこっとくらいしたところで、地獄になんて落ちないよな? 「あの…ユリさんに言っておきたいことがあって」 「ん、何かな?」 「数兄に…去年も彼女がいたこと、知ってますか?」 「…知ってるよ?」 ユリが少し顔を曇らせた。 「今回って、ユリさんから告ったんですか、数兄に?」 「…うーん。倖田くんとはね、クラス委員が一緒になって…なんとなく、その文化委員会の集まりに一緒に行くときに話すようになって、気が合うなあとか思って、気になってて…。倖田くんもそうだったみたいで、彼の方から、付き合わない?って言ってくれて…」 「そう、ですか…」 俺は目を伏せ、なんとなく含みがある雰囲気を醸し出した。 「え、なに?どうかした?」 「あのですね、ユリさん。これは…数兄に俺から言われた、とか言わないでくれると助かるんですけど」 言うのか、俺は。 「え、なになに、怖いな」 「数兄ね、中学の頃も彼女がいて…その…彼女と、いい雰囲気になって…。キスして、殴られたんです」 「え、ええ?そうなんだ…けど…そうだよね、キスくらい、付き合ってればするよね…。わたし、倖田くんが初めての彼だから…。けど、殴られたってひどくない?」 「…なんか『舌入れたからかな』って言ってました。たぶん、ちょっと強引だったのかな?」 「…そうなんだ」 ユリは悲しげな顔をした。真面目で優しそうなユリを傷つけることに、さすがに胸がちくちくと痛む。けど、あともうひと押ししてみよう。 「去年の彼女も、なんか、どーも、家に呼んで、その…なんか、しようとして引かれたって言ってて…」 「…倖田くんて、千早くんにそんな話、するんだ?」 ユリの目が少し鋭くなった。 「俺たち、子供の頃からずっとつるんでたし…その、男同士って、結構そういう話、したりするんで」 「ふうん…」 ユリは俯いて何やら考え込む顔をしている。 「なので…。あの、俺、数兄のこと、悪く言いたかったんじゃないんです。その、たまーに、強引かもしれないけど、ちゃんとユリさんのこと好きだと思うんで、もし何かしようとして来たら大目に見てやってください」 「大目にって…。そりゃ、わたしだって、倖田くんのことは、好きだよ?けど、そういうのって、焦ってすることじゃないじゃない?雰囲気とかもあるし…」 「そうですよね。すいません、ヘンなこと言って」 俺が済まなそうな表情を作ってしおらしく俯くと、ユリがふと気づいたように、 「あ、体調、良くなったかな?」 と聞いてきた。 「あ、はい。なんか、良くなって来た気がします」 「…良かった。じゃ、もう、いいかな?一人で、帰れそう?」 そういってユリが椅子から立ち上がった。 「はい。ありがとうございました」 「じゃ…またね、千早くん」 「はい、また。あの、数兄のこと、よろしくお願いします」 そう言うとユリはちょっと陰ったような微笑みで「うん」と返事して、保健室を出て行った。 「…はー。あんなんで良かったかな〜〜」 俺はひとりになるとベッドから起き上がった。 ユリは、いい子そうだった。ああいう人なら、普通にしてれば数兄は幸せになれるのかも。 彼女に伝えたことは概ね真実だけど、あの言い方だと数兄がいかにも〈女の子と主にエロいことをする目的で付き合っている〉という印象を与えたはずだ。…まあ、それも当たらずしも遠からずなとこはあると思うんだけどな。 でも男子高校生なんてみんなそんなもんだろう。けど、ユリは真っ直ぐで純粋そうな子だから与えたインパクトは大きいんじゃないかな。 さっきユリに言ったことで数兄の恋はぶっ壊れるだろうか?だとしても、俺に順番が回ってくることなんてないのにな。けど、やらずにはいられなかった。 もし、ユリが俺から吹き込まれたことを数兄に伝えて、数兄が怒ったら? 俺に対して、数兄が怒ることなんて今までなかったけどさ。でも、バレたら絶交されるかもなあ。もしそうなったら…数兄とは顔を合わせないようにしてひっそりと生活して、大学は遠いところに行こう。そして数兄のことはきっぱり忘れて誰かを探そう。 あーあ。俺も、女の子に生まれてればよかったなあ。あ、でも違うや。俺が数兄に色々したいんだからそれもダメだ。だから、数兄が女の子だったらよかったのに。なんて、また無駄なことを考えていた。

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