4 / 5
第4話
4.触りたくてしょうがない
俺のちょっとした企みは成功したようだった。
「最近なんかさー、彼女と距離を感じるんだよな〜」
いつも陽キャで楽天的なはずの数兄がそう言って珍しく暗い顔をしたからだ。
普段は俺が数兄の家にぶらりと訪れることが多かったのだけど、同じクラスにいる彼女のことを他の友達にはやはり話にくいのか、その日は数兄から【今、家にいるなら行ってもいい?】ってLIMOが来たのだった。
俺はしてやったり、と思った。タイミング的に、ユリとのことについての相談に違いないと思っていたがやはりドンピシャだった。
「距離ってどんな?」
「前はさー、家に誘ったら別に何も気にしてない感じで『いいよ、行こうかな』って言ってくれたんだよ。けど、最近は『家じゃなくて外で会わない?買い物とかしようよ』とか『映画観ようよ』とか言ってきて、家には来てくんないんだよな」
どうやらユリに吹き込んだことが功を奏したらしい。完全に数兄は警戒されている。数兄にもユリにも少々罪悪感は感じるが、これくらい自己中心的に振る舞わないと手に入れられないものもあるのだ。
「…まあ、別に女の子が外でデートしたいってフツーなんじゃね?前から数兄、彼女を家に呼び過ぎなんだよ」
「えー、だって一緒にダラダラしたいし、家でも映画なんて観れるじゃん」
「家デートって、普通付き合いが長くなってからするもんなんじゃない?まー、どうせエロいことしたくて呼んでるとこもあるんだろ、数兄は?」
「…なっ、そんなことねーよ!!俺は単になあ、彼女と心置きなく話したり一緒にいたりしたいだけ。まあ、その延長線上でそういう雰囲気になったらいいなとは思ってるけど…」
「ほら、思ってんじゃん」
「ばか、だからそれだけが目的じゃないんだっつの」
「だとしても、毎回家でダラダラするだけのデートじゃ、そりゃ女子は嫌なんじゃない?あと数兄さー、どうせ彼女を前にしてなんかソワソワしたり、ギラギラした目で見たりしてんじゃないの〜?雰囲気作りが下手なんだよ」
「雰囲気作りって何?そんなん分かるわけないだろぉ」
「あー、やだやだ。これだから体育会系の奴ってのはさ〜。デリカシーがねえんじゃねえの」
「うっせー!じゃ、千早はそういう雰囲気作れるってのかよ?」
「俺は…まあ、そりゃ、経験者だし?」
また平然と真っ赤な嘘を吐くと、数兄は悔しそうな顔をした。
「くっそぉ。そーなんだよなあ、お前って童貞じゃないんだもんな。教えてくれよお。どーすればいいか」
「どうすればって…」
ばーか。女の子を落とす方法なんて誰が教えてやるか。そっちなんだよ、今、狙われてんのは。
俺はさりげなく数兄のTシャツから覗く陽に焼けて浅黒い二の腕を見ていた。子供の頃からずっとテニスをやってるだけあって筋肉が詰まっていて筋が走り、皮膚の表面は光沢があってパツパツに張り詰めている。やはり若干、ラケットを持つ右腕の方が太く見える。
俺は身長173cmしかなくてほとんど運動しないから数兄よりはパッと見、ひとまわりかふたまわりは小さく見えるだろう。痩せていて筋肉は全然付いてない。そんなヒョロい男に狙われてるなんて数兄は思いもしないだろうなあ、そりゃ。
数兄にもしのしかかっても、抵抗されたら軽く跳ね飛ばされてしまうかも。腕力で勝てる気はしない。だとすると、どうすればいいんだろうか。
さらにじっとTシャツ越しに透けて盛り上がって見える胸筋のあたりを盗み見ていると、さすがに鈍感な数兄も気付いたようで、
「…んだよ、千早。ジロジロ見て」
と訝しげな顔をした。
「ん、別に〜?寒くないのかな、Tシャツだけで、と思ってさ」
「うん、ウチもお前んちもエアコンがガンガンにかかってて暑いくらい」
「そんな暑いかあ?」
「千早は筋肉付いてないから寒いんじゃね?」
「確かに運動部の奴らっていつもなんかカッカしてるもんね」
「お前も筋トレしろよ、筋トレ。…そんなことより、なー、どうすればいいと思う〜?」
「ま、しばらく、彼女の希望のとおり外で遊べよ。ショッピングモールとか行けば?」
「えー。女の子と買い物って何していいのか分かんねえ。時間そんな潰せなくない?」
女子と遊ぶのがつまらなそうな数兄の様子に心の中でニヤつきつつも、俺は呆れたように大きく肩を竦めて見せた。
「数兄って男友達としてはいいだろうけど、彼氏としてはダメな奴だよな〜…」
「どういう意味だよ?ったく、分かったよ、とりあえずユリに行きたいとこの希望でも聞いてみるわ」
「そーしろそーしろ。あ、間違っても帰りにラブホとか誘っちゃダメだよ?」
「んなことするか!俺は飢えた野獣じゃねえんだから」
「はいはい、そーですね」
よしよし。これで、外で数兄がユリと何かしようとはしばらく思わないだろう。家にも呼べなくなったし、万事上手く行ってる。俺は密かにほくそ笑んだ。
俺の助言通り、数兄は部活のない日はユリと一緒に帰ったり映画を見たり街をブラついたり健全なデートをするようになった。まあ、別に今までだって家に呼んだところでユリに手出ししてたわけじゃないみたいだけど。
可哀想な数兄。これでまたしばらく童貞を切るタイミングを見失ったな。
その後、順調に数兄とユリは清い関係のままクリスマスを過ごし、数兄の恋愛パターン的にそろそろ別れる時期じゃないかなとか思っていたのに、年が明けてしばらくしても割と円満に行っているようなのだった。
「…数兄、クリスマスに何したの、ユリと?」
年明け、初めて数兄の部屋を訪れた俺が尋ねると、
「あ、お前勝手に呼び捨てにすんな!ユリさんと呼べ。…まあ、想像に任せるわ、クリスマスのことは」
と数兄はニヤついた笑いを浮かべながら言った。
「キスくらいは、したんだ?」
「…なんで分かるんだよー?!」
「分かるよ、数兄のことは」
ほんと、単純な奴。なんで、こんな人のこと好きなんだろう。俺ってどうかしてるよなあ。
「ユリさん、どーだった?」
「どーだったって…なんか、恥ずかしそうにしてたよ。可愛かったなあ。いい香りもしたし。横浜に夜景見に行ったんだけどさ、いい雰囲気になってさ。なるほど千早が言ってたのってこういうことか、って思ったね」
あっそ。これ、もうそろそろテコ入れしないといけないかもなあ。気は進まないけどさ。
またそんな悪巧みをしていると、数兄がふと黙って俺に手を伸ばして来た。大きな手で前髪がくしゃりと掻き上げられる。
「千早、前髪長くね?もうちょっと切れば?」
たったそんなことだけど、触れ合うのが久しぶりで俺は思わずビクっとしてしまった。
「…こんくらいがトレンドなんだよ」
「そう?お前、前髪あげたほうが似合うんじゃね?せっかく顔整ってんのに。あと、目ぇ悪くなるぞ」
「…うちの親父みたいなこと言うなよ」
『顔が整ってる』とか、そんな外見上のちょっとしたことなのに褒められて胸がざわつく。
「ははっ、そうだな。昔みたいに髪短いのも爽やかで似合うのになー、と思ってさ」
「よけーなお世話。…こっちのが女子ウケいいんだよ」
「なるほどなー。俺もパーマかけようかな?」
「…数兄は髪質も硬いし、パーマってガラじゃないからやめといた方がいいんじゃない?」
「うっせえ。俺だってモテてーんだよ」
「…前から、モテてんじゃん。彼女もいなくなるとまた出来るしさ」
「そーかな?」
数兄が嬉しそうに笑った。
「そうだよ」
俺は苦笑いする。本当にチョロい人だ。
女の子たちはこの人が本当はこんな風に単細胞で馬鹿だけど、そこがいいとこだって分かってんのかね。
どーすっかね、と思った俺は再びユリに接近することにした。ユリが今どれくらいの気持ちを数兄に抱いてるのか確かめたかったのだ。
またもやユリが部活で遅くなるであろう日を狙って俺は下駄箱の片隅でユリが来るのを待ち伏せた。1度目の金曜はどうも部活が休みだったらしく失敗したが、2度目、水曜日に待ち伏せているとユリが廊下を出入口に向かって歩いてくるのが見えて、俺は気づかれないようにタイミングを測り、一足だけ早く校庭に踏み出した。
「あれ…千早くん、だよね?」
後ろから声を掛けられて、上手く行った、と思わず漏れた笑みを引っ込めつつ振り返った。
「…え?ああ、ユリさん。お久しぶりです」
なーにがお久しぶりです、だ、と自分で思いつつも営業スマイルを浮かべる。女子にはこの笑顔、ウケがいいんだよな。まあ俺にとっては無駄な長所だけど。
「遅いんだね。部活入ってるんだっけ?」
「いえ、俺は帰宅部っす。ちょっと先生から用事頼まれて遅くなっちゃって…。ユリさんも遅いっすね。真っ暗すよ、もう」
「ちょっとねー、部室をいつも金曜は片付けてから帰るんだ。あ、茶道部なんだけどね。わたし潔癖みたいでね…みんなが洗ったお道具とかがまだ汚れてるのとかがいつも気になっちゃって、こっそり誰もいなくなったあと洗い直したりしてるの。気づかれてるかもしれないけど」
「へー。ユリさんて、ちゃんとしてますよね」
潔癖性だったか。だったら余計に俺が言った数兄の話、気になっただろうなあ。
ユリの家は俺の家に帰る道の途中を曲がった所にあるらしかった。これは好都合、と「あ、ユリさんちもこっちですか?暗いから送りますよ」とか言って俺はまんまと隣に並んで歩き出した。
「…最近、数兄とうまく行ってますか?」
「へへ、そうだねえ。結構、仲良くしてるよ」
ふーん、仲良くねえ。面白くねえな。
「…あの、俺、前に保健室に連れてってもらったときに余計なこと言ってすいませんでした。きっと、数兄の印象悪くなっただろうなって思って…二人に悪いな、って反省してました」
俺は心にもないことを言ってみた。
「ううん、大丈夫。なんかね、最近、倖田くん、わたしの希望を聞いてくれてね、色んなとこに遊びに行ってるんだあ。…今度の日曜日はね、久しぶりに家に誘われたから行ってみようかなと思ってるよ。隣だから千早くんにもばったり会うかもね」
「…そうですか。二人が上手く行っててよかったです。けど、あの、気をつけてくださいね。実は、数兄のお父さんとお母さん、結構厳しい人たちなんですよー。俺も子供の頃、よく怒られて。こっそり彼女呼んでるのがバレたら怒るかも」
「そーなんだ?倖田くんの家には付き合い始めた頃に何回か行ったけど、いつもお母さんもお父さんもお留守だったんだよねえ。でも、倖田くんの話を聞いた限りでは優しそうな人たちだと思ってたのになー。そりゃ実の息子と他所の家の子じゃ、扱いが違うよね。気をつけるよ」
「うん、そうしてください」
にっこり笑いつつ、微妙に数兄に対するネガティブイメージをまた付け加えておいたけど、これくらいじゃ駄目だろうな。
どうしようか。すっかりユリはまた数兄のことを信用して、恋愛感情を強めているみたいだ。付き合い始めてもう半年以上経つし、そろそろマズいよなあ。
潮時かな、俺は思う。片想いに決着付けるときの。
数兄は女が好きで、ユリのことはどれくらいの重さかはよく分からないけど、ちゃんと彼女の言うことを聞いて大切にするくらいは好きなのだ。俺の出る幕なんて、ないよな?
どうせ、最初からダメなら玉砕してみるか?
どのみち数兄がユリとこのままうまくいってセックスして、なんなら長く付き合って結婚しちゃったりするところを隣から見つめるなんて、フラれて会いにくくなることよりも地獄だ。
ユリが来ると言っていた日曜の前に、カタを付ける。俺は決意し、翌日の木曜日の夜に数兄に電話を掛けた。
『なんだよ、珍しいじゃん電話なんて。急用?』
「急用、ってわけじゃないんだけどさ。…数兄に、どうしても聞いてもらいたいことがあるんだ。明日、夜に家に行っていい?」
『明日ぁ?なんだよ、深刻な声出して』
しまった、切羽詰まった声になってたか?まあいいや。
「ん、ちょっと…相談したくてさ」
『えー、なんだよ勿体ぶって。まあいいけど…。父ちゃんも母ちゃんも明日は遅くなるって言ってたしなあ。風呂入りたいから20時くらいだったら来てもいいよ』
「わかった、そのくらいに行くわ」
『おう。待ってるよ』
翌日、俺は学校から帰って来て飯を食うと「ちょっと先に風呂入るわ」と母親に断って、念入りに身体を洗った。せめて、清潔感くらいは醸し出さないとな。一応、母親が使ってる高っかいシャンプーやボディソープを使ってみた。なにやら嗅いだことのない南国の花みたいな、甘い香りが鼻をくすぐる。
もともとムダ毛は薄いほうだけど、普段から腕と脚の毛の処理はしていた。まあ、剃ってもしょうがない…よなあ…と思いつつ、一応腕と脚、脇はツルツルにしてみる。下の毛は……やり過ぎてもいけないよな、うん。
念入りに緩くパーマがかかった髪を乾かしてセットし、けど、隣の家に行くだけなのにやたら気合いが入っていると思われないように黒いスウェットパーカーとカーキのイージーパンツというラフな格好に着替えた。
アホだなあ、俺。鏡を見ながら思う。身繕いしたところで俺に対する印象が変わるわけじゃないんだけどな。女の子向けには男としてイケてるとは思うんだけど、数兄へのアピールにはなんないからな。俺は単なる〈隣の家に住む弟分〉なんだから。
俺が隣家のインターフォンを押すと、数兄は「おう」と言って、曇りのない瞳を細めて俺を迎え入れた。当然ながらロンTとスウェットのボトムスという楽そうな格好をしている。
「ごめんね、数兄。部活で疲れてるだろ?」
「いや、別に。部活なんていつものことだし」
「さすが元気だな、数兄は」
「まあなー、小学校の頃からテニスやってるからなあ。慣れたよ」
数兄は先に立って階段を登っていく。俺は手にじっとりと汗をかきながら付いていった。子供の頃から何度も上がった階段なのに、今日はなんだかよそよそしく、長く感じる。
部屋に入ると、ペットボトルのお茶とコップ、スナック菓子が折りたたみ式の小さなテーブルに用意されていた。数兄はいつもマメにこういうもてなしをしてくれる。
「で、なんだよ、話って」
ベッドに腰掛けて数兄が言う。俺は普段は床に座ることが多かったが、その日はさりげなく数兄の隣に腰掛けた。
「うん、まあ…。俺の話はまたあとでいいからさ。…数兄、最近ユリさんと上手く行ってんの?」
「ああ、まーな。あ!ていうか、お前、水曜にユリと一緒に帰ったんだって?聞いたぞ?」
「ああ。なんかたまたま遅くなったらばったり会ってさ」
「ふーん、なんか俺のこと言ってた?ユリ」
「別になんも。けっこう仲良くしてる、とか言ってたかなあ」
「ならよかった。ただなあ」
「ん?」
「…なあ。俺、そろそろキスから先に進んでもいいと思う?」
ほら来た。この年頃の男子が考えることなんて一つだ。
「まーた、それかよ。そんなん勝手にしろよ」
「なんだよ、冷たいこと言うなよ〜。俺、前に殴られたときみたいに失敗したくないんだよね。なあ千早、お前は経験者じゃん?教えてくれよ〜!どうやって、その〜、そういう雰囲気に持ってけばいいと思う?」
バーカ、言ったな。もう知らねーから。
「…知りたい?」
「うん…なに?コツとかあんの?教えろよ」
「数兄、ユリにキスするときに、舌、入れてみた?」
「ばっか、入れてねーよ、今回はまだ。てか、ユリさんと呼べっつったろ」
「コツ、教えてやるよ」
「なになに」
「…目ぇ閉じな。良いって言うまで開けるな」
「ん?目、閉じればいいのか?」
単純で俺に何ら警戒心を持っていない数兄は素直に目を閉じた。
俺は数兄の首にがば、と左腕を回してロックすると、一気にその唇に唇を付けた。
「ん?んんっ?!」
グッとさらに腕に力を入れ、思い切り体重を掛けて数兄に覆い被さり、ベッドに押し倒す。「んんんっ?」数兄はパニックに陥ってるようだが、動揺しすぎているためか身体を動かせずにいる。
堅く閉じていた数兄の上下の唇を、顎を親指で引き、舌を尖らせてこじ開けると、思いきり突っ込んで中を舐めまわした。ゆっくりしている場合じゃない。
熱い口内で、固まってしんとしている数兄の舌の付け根を舐めると、身体がビクリとした。逃がさないように数兄の舌を包んで吸う。じゅっ、という音が鳴って唾液の味がした。夕飯を食べてちゃんと歯でも磨いたのか、ミントのような風味がする。
数兄はじゅ、じゅ、と強く吸われて初めてハッと気づいたように俺の腕と胸を下から押し、跳ね除けようとするが、舌を捕らえられているせいか力が入らないようだ。あと、完全に数兄は油断してたみたいだけど、俺は最近、筋トレを地道にやっていた。こういう、いざというときのために。
「ふっ、んんっ…」
思い切り吸って、舌を絡ませ、俺はふっと数兄を押さえつけていた腕の力を抜いた。今度こそ跳ね除けられると思ったが、数兄はされるがままになっている。キスを続けつつ閉じていた目を開けると、意外なことに数兄は目を閉じていて、頬が赤く上気している。
なんでだよ、数兄。弟みたいに思ってた奴にディープキスされてんのに、もう気持ちよくなっちゃったのか?
俺は調子に乗って、息継ぎをしながら数兄の口内を今度はゆっくりと舐めた。絡ませた舌を解くと、上顎の凸凹を舌先でくすぐるように舐める。また数兄がびく、とするのが分かった。さらに歯列の裏に舌を這わせると、小さくまた身体を震わせる。そういえば一時期、数兄は矯正してたっけ。舌先で感じる歯列は綺麗に整って並んでいる。
最後に味わうようにペロリと数兄の舌を舐めるようにすると、俺はゆっくりと口を離した。長い付き合いだけど、こんなに至近距離で数兄の顔を眺めるのは初めてだ。
「千早…。お前…」
額に薄っすら汗を滲ませて数兄は俺を見上げる。
「ん、なに」
「…キス、うまいな」
何故か褒められた。
「…だろ?」
「何人かと、したのか?」
「別に。前に付き合ってた子と、しただけ」
でもそのときと全然感触も、気持ちも違っていた。温度も湿度も、口の中の柔らかさも、全然違う。カンナとしたキスではこんなに熱心に相手を気持ちよくしようとすることは出来なかった。そして俺はきっと、もっと下手だったはずだ。
今まで何度も数兄にキスする想像はしてきた。それが役に立ったのかもしれない。
しかしマズいことに、というか好きな相手にこんなことをしていれば当然なのだけど、俺の下半身には熱が籠り、硬くなりつつあった。そこは数兄の骨盤のあたりに触れていて、思い切り上から体重を掛けている今、きっと気付かれているはずだ。
もう、このままいく。嫌われてもいいって覚悟はできていたはずだ。
「数兄…。女の子には、こうするといいんだよ」
そう言うとまた数兄の口を唇で塞いで、着ているロンTの裾から手を忍び込ませる。すると数兄はビク、と小さく揺れた。ここ数年ちゃんと数兄の裸なんて見たことなかったけど、部活で毎日鍛えているせいかちゃんと腹筋は割れて引き締まっていて、その弾力が手のひらから伝わってくると、お腹の底からゾクゾクとした寒気と熱気の混じったようなものが湧き上がって来た。
あまりのことに動けないのか、なんら抵抗もせずに数兄がじっとしているので、さらに調子に乗って俺は手を上に進めて胸の突起に触れた。ビク、と大きく身体が揺れて「うんっ…!」と数兄が声を出したが、構わず俺はそこを摘んだ。
人差し指と中指でそこをこりこりと弄ると、俺の下で数兄が身じろぎする。唇を一瞬だけ離して、吐息がかかる距離で「気持ちいい…?数兄…」と聞くと、「千早っ…。なんで…」と小さく言いかけたその口をやっぱりまた塞いだ。
舌で舌をいなしながら、突起を触り続けるとじょじょに硬くなってきた。ただの生理現象なのかもしれないけど、数兄が興奮しているのかもしれないということが俺の心臓をまたギュッとさせる。
ずっと刺激されているせいなのか、驚くことにだんだんと数兄のそれも硬くなりつつあるのに気付いて、そこに熱さを孕んだ下半身を擦り寄せてみた。すると、びく、びく、と数兄の身体は反応して、たぶん無意識なのだろうけど、俺の腰にそこを押し付けてくる。
「ちょ、数兄…。も、たまんないんだけど…」
囁くと身体を浮かせて胸から離した手をだんだんと下に這わせ、ボトムスの生地を突っ張って膨らみつつあるそこに触り、そっと包んだ。
「あっ、千早っ…だめだって…!」
「わかる、けど、触らせて…」
「ん、千早っ…」
俺は包んだ手のひらに力を込め、ギュ、と握り込んだ。「ああっ、ちょ…やめろって…」数兄は身体を起こそうとするが、一番敏感なところをがっちりと押さえられていて上手く動けないようだ。
「数兄…ちゃんと、こうやって、やさしく女の子にも触ればいいから」
手のひらでそこをスリスリと何回か撫でると、その度に数兄の身体がびくびくと揺れる。だめだ、俺がもう耐えられない。ごめんな、数兄。
そう思いつつ今度はボトムスに侵入し、下着の中に手を入れてペニスを握った。すっかり硬くなってしまっている。俺が数兄を勃たせたんだ。その事実になんだか俺は泣きそうになる。
「女の子に、まだこんなこと、されたことないだろ?数兄」
数兄の耳元で言うと、こくこくと数兄は頷いた。何でだか、おとなしくて可愛い。怖がっているんだろうか?でも、もう止められない。
首筋や唇にかわるがわるキスをしながらペニスをゆっくりと擦ると「はぁっ、はあ、あ…っ」と数兄の呼吸が荒くなってきた。熱い吐息が俺の顔をくすぐって欲を煽る。数兄の先っぽから漏れ出した液体が流れてきて手を濡らし始めた。ああ、もう、頭おかしくなりそうなんだけど。
俺は自分の下半身の具合もヤバくなってきて、数兄を逃さないように馬乗りになったまま、グッと自分のイージーパンツと下着を一気に膝まで下ろした。
「わっ、千早、なにすん…っ…!」
「いいから…」
そう言って俺は腰を浮かして数兄の穿いているスウェットと下着も一気に引き下げた。俺よりひとまわりは大きなものが剥き出しになる。「うわっ…!」驚いた顔をしている数兄の太腿の付け根あたりに跨ると、二人のものを両手で一緒に掴んだ。
「あっ…なに、すん…」
「もっと、気持ちいいことしてやるよ…」
俺は二本を強く握って擦り合わせた。
「んあぁっ…。千早っ、それ…」
無言で合わせて握ったペニスを上下する。数兄から出て来る透明な体液と、滲み始めた俺の先走りとが混じり合い、手の滑りがよくなっていく。
「あっ……。はぁっ、数兄…」
俺は堪らずに喘いだ。もう、気持ちがバレたって構わない。いや、バレててしかるべきなんだけど。
にちゃ、にちゃ、という体液が混じる水っぽくていやらしい音が静かな部屋の中に響く。
「ああっ、はぁ、千早っ…やば…」
ぬるぬると手が滑るが、ときおり数兄の括れたところを指で弾いたり擦ったりして変化をつけると「んんっ、はっ…」と数兄は目をぎゅっと閉じて、顔を真っ赤にして身を震わす。
「はぁっ、数兄、これ、気持ちいい…?」
「千早っ……っ、ばか、やめろって…それ…あ…っ」
「っ、はぁっ、なんか、やめてほしくなさそうだけど?」
そう言って片手で握ったまま、もう片方の手で数兄のロンTをたくしあげて胸元を露わにし、右の乳首を摘むと「あっ…。待てっ…て…。ああっ…!」と大きな声が出た。
「数兄、ここ敏感なんだ…」
つい笑みを漏らすと、それまで目を瞑っていた数兄が目を僅かに開けて俺の顔を見上げた。
「ばか、こんなことされたらっ、誰だって、こうなるわ…」
「…そうかなあ?女の子にされてるわけじゃないのに」
「お前がっ…エロい、触り方、すっから…!はぁっ、あ、あっ…あっ」
握り合わせた手を強くまた扱くと、数兄は小刻みに声を上げた。顔を赤くして俺の下で悶える数兄の顔は泣きそうに歪んでいて、ものすごく煽られる光景だ。
「数兄…な、たまんね…んだけど…っ」
なおも扱くと、
「あっ、千早、っ、それ以上、やったら…も、出る…!」
と言って、数兄は恥ずかしそうに腕を額に当てて顔を隠した。
かわいい。たまんねえ。もう、ダメかも。
「俺、も…っ、数兄っ…」
そう言って、ぐっ、ぐっ、と強く手を上下させると、
「あっ、も…っ、ああっ…」
と言って数兄の上半身がびくびくっ、と大きく震えて反り返り、白濁した体液が数兄の胸の方に飛んだ。
それを見て(あ、俺、数兄をいかせたんだ)と思った瞬間、もう我慢が効かなくなって「あっ…!はぁっ…」と大きく喘ぎ声が出てしまい、熱が勢いよく数兄に向けて放たれた。
びゅ、びゅ、と出てくる粘り気のある液体はなかなか止まらず、まさかこれって一生続くのかなと思いつつ、俺はまだ二人のものを握りしめながら腰を震わせ続けた。
やっとわななきが静かになって一瞬合わせて握った手を離したけど、また数兄のペニスだけを俺は握りなおした。
「千早…?」
はあ、はあ、と呼吸をしながら弱弱しい数兄の声がする。
愛しさが溢れた。きっとこれを離したらもう二度と俺は数兄のここには触れられないんだな、と思っていた。だから、名残惜しくて鎮まりつつある数兄のペニスをゆっくりと触り続ける。
「数兄…す…」
〈好きだよ〉と、言おうとした言葉は喉に引っかかった。
ダメだ、それを言ったら。やっぱり言えない。
だって、それを言ったら、完全な別れが来る。
「…千早…?」
数兄は俺の下でとろんとした目をしつつ、不思議そうな顔をする。
「数兄…。分かった?気持ち、よかったろ?こんな風に、すればいいんだよ」
「…バカ、こんな風に、つったって…。違うだろ…なにもかも…」
俺はやっと数兄のペニスから手を離すとベッドの上の方にあったティッシュの箱を取った。
「ごめん、拭いてやるよ、数兄」
「ちょ…千早…」
柔らかくなってきたそこを、俺はゆっくりと拭いた。
なあ、好きだよ、数兄。もう、これで終わりだけれど。
「俺も…拭いてやろうか?」
数兄が言う。お人よしなんだからこの人は。自分が何されたか分かってんのかね。
「いいよ、自分でやる」
俺が数兄に背を向けて処理していると、後ろで数兄がスウェットと下着を穿いている気配がした。
「…なあ、千早。おまえってさ…」
数兄のためらいがちな声が聞こえる。
「…なに」
拭き終わると、ベッドから降りて下着とイージーパンツを元の位置に戻した。
「お前って…さ。俺の、こと…」
「じゃ、帰るわ」
俺は背を向けたまま言い、ドアに向かった。
「おい、待てよ、千早…」
「おやすみ、数兄」
俺は振り向けなかった。今更、自分が耳まで赤くなってきているのが分かったからだ。
「ちょ、待てって…」
ドアに手をかけたとき数兄の声が後ろから追って来たが、開けると、一気に階段を駆け降りて、玄関を出た。
震える手でポケットに入っていた鍵でうちの玄関ドアを開けて中に入ると、俺はその場にへたり込んだ。
やった。やったけど。これで、もう、本当に終わりだ。
ピロン、とスマホが着信の音を告げる。が、俺は当分画面を見ないことにして、目を逸らしながら電源を切った。
明日は、ユリが来る日だ。
数兄はどんな顔でユリと会うのかな。あの人は要領がいいから、何食わぬ顔で「いらっしゃい」とか言って彼女を迎えるのかも。
きっと〈昨日の千早とのことはあいつの悪ふざけだ〉とか上手く解釈して、数兄は忘れたふりをするだろう。
そして、俺のことをまたなんでもない顔で弟のように扱うのだろう。
いつのまにか、玄関先の床のタイルがぼんやりと滲んだかと思うと、目から雫がポタ、と落ちてびっくりした。
あれ、俺、泣いてるよ。
バカかよ。自分で覚悟して、当たって砕けておいて。
数兄のこと、ずっと好きだった。
やっぱ言えなかったなあ。
言ってしまったら、翌日に〈あんなの冗談だよ〉って笑って、また弟に戻ることができなくなるから。
弟でもいいから、まだもう少しそばにいたい。
そのうち、きっと、違う大学に行ったりしたら、忘れてやるからさ。
今は、そのふりだけでいいから、もう少しだけ。
もう少しだけ、お兄ちゃんとして振る舞っててくれよ。
ともだちにシェアしよう!