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06※
婚約者だから、公認の関係だから、もし万が一誰かに見られても大丈夫。
そう自分に言い聞かせることが精一杯だった。
震える指先で、ハルベルに着せてもらったばかりのシャツのボタンを外す。
リシェスの容姿は良い。恥じるものではないと分かっていても、今は“俺”であることには違いない。常識と理性が邪魔をする。原作のリシェスだったらどんな風な反応していたのかわからないし、そもそも本来のアンフェールはこんな命令をするような男ではないはずなのだ。
そして身につけていたスラックスを畳み、下着一枚になった俺に対して「下着もだ」とアンフェールは付け足した。
顔が熱くなるのを堪えながら、俺は恐る恐る下着のウエストを掴み、そのままするりと足を抜いた。
「っ、……これで、いいのか」
――会長机の前。
全身が緊張と羞恥で緊張する。自分の裸を意識したくなくて、なるべく堂々と前を見て平然を保とうとするが、耳が熱くなるのをごまかすことはできなかった。
そんな俺を一瞥したまま、アンフェールは「こっちに来い」と小さく口にする。
拒むことはできなかった。言われるがまま、アンフェールの前まで歩いていく。
股間を意識すればするほど内股になってしまうのが余計みっともない。だから恥ずかしい気持ちを殺して、俺はリシェスを演じた。
そうすることでしかこの状況に耐えられなかった。
アンフェールの前までやってくれば、「こっちだ」とアンフェールは自分の膝の上を指指すのだ。
「……っ、それは」
「できないのか?」
一瞬でも躊躇いを見せれば、アンフェールに嫌われてしまうのではないか。
そんな恐怖に思考が支配され、まともに物事を考えることなどできなかった。
「……っ、わかった」
言われるがまま、椅子に座るアンフェールと向き合う。そのまま肩に手を置き、恐る恐るアンフェールの膝の上に乗り上げるのだ。
顔が近い。すぐ側にはアンフェールの体があって、自分の体をアンフェールに見られてると思うと体温が膨れ上がるようだった。
これでいいのか、とアンフェールを見上げたとき。伸びてきた無骨な手に腰を撫でられ、息を飲んだ。
「……っ、アンフェール」
「震えてるな。……恥ずかしいのか?」
剥き出しになった背筋を撫でる指先に喉が震えるようだった。
こくりと頷き返せば、アンフェールは「そうか」と口にした。ほんの僅かにアンフェールの口元が緩んだのを俺は見逃さなかった。
アンフェールが喜んでる?
俺が恥ずかしがっているのを見るのが楽しいのか?
「……っ、も、もう……いいだろ。許してくれ……っ」
「駄目だ」
「ど、どうして……っ、ん……っ!」
言い終わるよりも先に、尻たぶを鷲掴みにされて背筋が凍り付く。大きな掌で揉みくちゃにされ、息が止まりそうだった。
「だめだ、アンフェール……っ、これ以上は……っ、ぁ……っ!」
尻の谷間を這う硬い指が肛門を掠め、堪らず腰を引いた。
発情、しているわけではないはずなのに。
怖いはずなのに、アンフェールに触れられて見られていると思っただけで脳が熱くなる。
滲む視界の中、左右に肛門を押し広げられ、背筋が震えた。
「ぁ、アンフェール……っ、そ、こは……っ」
固く口を閉じたそこを唾液で濡れた指先で擽られ、恐怖と緊張、羞恥に耐えられずに思わず離れようとアンフェールの胸板を押し返そうとした。
が、「逃げるな」とすぐにアンフェールに抱き寄せられる。アンフェールの胸へと飛び込むような体勢、くっついた上半身から流れ込んでくるアンフェールの心音と体温に軽くパニックになりそうになる。
「だ、駄目だ……っ、こんな、生徒会長のお前が……っ、こんな真似……ッぃ、う゛……ッ!」
言い終わるよりも先に、肛門に触れていたその指先にぐっと力が入る。同時に、ず、と筋肉の動きを無視して入り込んでくる指に堪らず息を飲んだ。
「っ、ぃ、……っう゛……っ!」
痛い、という感覚は強制的に別のものへとすり替えられる。唾液なんて潤滑油の代わりにならない。すぐに腹の中で乾いていく。それでも構わず指を奥までねじ込んだアンフェールは、そのまま俺の肛門を解していくのだ。
「っ、ぁ、アンフェール……っ! やめ、……っ」
ぬちぬちといやらしい音を立て、それでも複数の指で中を丁寧に開いていくアンフェールに腰が震える。
「俺のことを拒むのか?」
「……っ、ぁ、アンフェール……っ、ちが、ほ、本当に……っ、ぃ……っ!」
こんな形で体を繋ぎたくないだけなのだ。
その一身でアンフェールの腕から逃れようとするが、アンフェール相手に敵うはずなどなかった。
肛門の異物感も別のものへと変換される。あの日、暴漢に襲われたときとは違う熱が込み上げてくるのだ。
これが運命の番だからなのか――今の俺には判断つかなかった。
「ぁ……っ、あ゛、ゃ、待って、くれ……っ! アンフェール……ッ!」
細くはない二本の指は肛門の奥まで入ってくる。緊張した内壁を指の腹で刺激され、腰が震えた。逃げないようにと腰を掴まれたまま、内部を摩擦される。
「っ、く、ぅ゛……ッ!」
アンフェールの指が性器の裏側辺りを弄ったときだ、その指先がなにかに触れた瞬間、全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。
「っは……ッ、ぁ、アンフェール……ッだ、だめだ……っ、そこ、は……っ!」
「……お前の中は狭いな」
「っ、ぅ、……っ、くひ……ッ!」
アンフェールの指に執拗に前立腺を圧迫され、揉み潰され、それだけで熱はじんわりと下半身を中心に広がっていく。
ただただ怖かった。堪えようとしても堪えられない。前も触れられていないのに、いつの間にかに頭を擡げ始めていた性器が下半身の痙攣に会わせて震える。
もうやめてくれ、とアンフェールの腕にしがみつけば、アンフェールは舌打ちをした。
そして、
「っ、ふ、ぅ……ッ」
重ねられる唇を今度は俺は拒まなかった。拒むことはできなかった。
再度口の中に広がる血の味を感じながら、俺はアンフェールの手によって強制的に絶頂を迎えさせられるのだ。
射精は伴わない絶頂だ。それでもカクンと大きく跳ね上がった下腹部、みっともなく震える性器をアンフェールの眼下に晒したまま俺はただなにも考えられなかった。
――捨てないでくれ、アンフェール。
重ねられる舌先、混ざる体温の熱に浮かされたまま俺はアンフェールにしがみつくのが精一杯だった。
アンフェールの手により、強制的に発情状態にされてしまった体の熱は性交でしか発散することが一番とされる。
そしてオメガの発情時に発生するフェロモンは外部の人間に強い影響を与えてしまうため、通常時、予め予測できるのならば発情期には外部との接触を遮断する。それが難しければ強い抑制剤を飲むしかない。
そうしなければ、側にいる相手にまで発情の影響を与えてしまうからだ。
「……っ、アンフェール……」
ぐぷ、と音を立てて引き抜かれる指。腰から力が抜け、そのままアンフェールの膝の上にずるりと落ちたとき。
下半身、跨がるように開いた太腿になにかが当たるのがわかった。ちらりと目を向けたまま俺は硬直した。傍目に見ても分かるほど大きくなったアンフェールのものが目に入ったからだ。
「まっ、て、くれ」
そして、そのまま抱き締められそうになった俺は咄嗟にアンフェールを止める。触れたアンフェールの肌は熱い。こちらを見るアンフェールの目からも、発情の影響を受けていると判断できた。
「……リシェス」
「っ、は、アンフェール……ッ、だめだ、も、もし……赤ちゃんが出来たら……っ」
「……っ、……」
「アンフェール……っ」
首元へと顔を埋めるアンフェールは、そのままがぶがぶと苛ついたように首輪に噛み付いてくるのだ。そして、強請るように首筋に這わされる舌。ぴちゃ、と濡れた音を立てながら首筋に滲む汗を舐めとるアンフェールに全身の体温が増していくようだった。
「っ、だ、だめだと、言って……」
「……挿れなければいいんだろ」
「それは……」
そうだ。そうやって俺たちはやり過ごしてきた。
けれどそれはキスだった。こんな、直接的な性的接触はしてこなかっただけに戸惑わずにいられない。
「……じゃあ、手でしろ」
「っ、手……って」
「それも嫌なのか」
お前は、とアンフェールに見つめられ胸の内側が熱くなっていく。
こんなのは良くないと分かっていた。けれど、アンフェールの不満が俺が拒み続けたこと、避けたこと、他の男とばかりいることだとするのなら――。
「……分かった」
俺も、アンフェールには嫌われたくなかった。
それ以上に、アンフェールにこんなに求められることはなかっただけに心臓が苦しくなる。
恐怖がないわけではないが、勃起したアンフェールを前に拒むことはできなかった。まるで、そういう風に頭と体が作られているようだ。
言われるがまま、アンフェールの下半身に手を伸ばす。張り詰めた下腹部は、制服越しでもわかるほど脈打ち、主張していた。
「……っ」
「……早くしろ」
「わ、分かった……」
俺自身、自慰の経験くらいしかない。ましてや、他人の男性器をどうこうしようとなど思ったことはない。
ぱんぱんに詰まった前を寛がせたと同時に、下着を押し上げるようにして顔を出すそれに息を飲んだ。
……ドクドク言ってる。
なるべくジロジロ見ないように、薄目でアンフェールのものを取り出した。
体つきからわかっていたが、それでも元の俺よりもデカイのではないのかと思えるほど凶器じみたその性器を前に俺は一瞬思考停止する。
が、それもすぐ。触れた手の中で更にぐぐ、と大きく脈打つ性器に現実へと引き返されるのだ。
「……気持ちよくなかったら、悪い」
アンフェールは俺の言葉になにも言わなかった。
それでも手の中のそれが反応してるのを見て、俺はそのまま亀頭に触れた。尿道口からぷつりと滲む先走りを塗り込むように、そのまま柔らかく亀頭からそのまま竿へと引き伸ばしていく。
「……っ、ん、ぅ……」
「……」
「っ、ふ……」
アンフェールは本当にクールなやつだと思う。
何も言わないが、それでも先程よりも先走りの量が増したのがわかり、胸が熱くなった。
そのままぬるぬると先走りを指に絡め、竿や裏筋、根本の方までも先走りで濡らしながらゆっくりと上下に扱いていく。
「アンフェール、気持ちいいか……?」
あまりにも反応しないので思わず尋ねれば、目を細めたままアンフェールは「ああ」と小さく応えた。その声に、言葉に、安堵する。
このまま早く終わらせよう。そう思った矢先だった、伸びてきた手に胸の先端部を擦られ、ひくりと喉が震えた。
「……っ、な、に……」
「続けろ」
「ぇ……」
「聞こえなかったか? ……続けろと言ったんだ」
――そのまま。
そう、柔らかく摘みあげられた乳首の先端をすりすりと指の腹で撫でられ、思わず腰が浮きそうになる。
一瞬アンフェールの手を振り払いそうになったが、それを実行することはできなかった。
「……っ、わかった」
固く尖った胸の先。柔らかく揉まれるそこに腰がぴくぴく震えるのを感じながらも、俺はアンフェールに従うしかできなかった。
こんなこと、してはいけないのに。
熱でぼうっと浮かされた思考回路、アンフェールに乳首を弄られながら俺はアンフェールの性器をぎこちない手付きでひたすら扱く。
「ん、ぅ……っ」
乳首を柔らかく引っ張られながら先っぽをアンフェールの指で柔らかく潰されるだけで脳汁が溢れそうになる。無意識に腰が震え、股間に熱が集まっていくのがわかった。
そんな俺を見てて楽しいのか、手の中のアンフェールのものも射精が近付いているのがわかる。声には出さないものの、滴る先走りの量だとか、脈の速さからそれは分かった。
だから俺もアンフェールを気持ちよくするため、指を使って太く膨張したそれを必死に刺激するのだが、アンフェールに乳首を触られる度にその意識が乱されてしまう。
「は、……ッあ、く……ひ……ッ」
俺ばかりが気持ちよくなっても仕方ないというのに、もう片方の胸も揉まれ、つんと勃起した乳首を柔らかく潰された瞬間、腰がぶるりと震えた。
「っ、ん、う……ッ」
「リシェス、……手が止まってるぞ」
「っ、わ、るい……っ、ぅ、んん……っ!」
言った側から、ぐに、と両胸の乳首を人差し指と親指の腹で押し潰され、胸を大きく逸らす。
手を止めないようにと気をつけるが、アンフェール自身がそれを邪魔するかのように乳首を愛撫するのだ。
「ふーッ、ぅ……っ、ん、く……っ」
今度はすりすりと乳輪の周囲の膨らんだ部分を優しく撫でられながら、俺はアンフェールをイカせることだけを考えようとアンフェールの性器を握る。
太腿の下、大きく宙を向いたそれを見ている内に頭がどうにかなってしまそうだ。辺りに漂う性臭に次第に思考力も低下し、目の前のアンフェールしか見えなくなっていくのが自分でもわかってしまう。
「っ、は……っ、ぁ、アンフェール……っ、ん……む……っ」
どちらともなく唇を重ね、俺はそのままアンフェールに抱き締められる。勃起したアンフェールの性器が腿に辺り、ぎゅっと下腹部に力が入った。そのまま滑るように、俺の性器とアンフェールの性器が触れ合う。
薄い粘膜越し、アンフェールの熱と鼓動が流れ込んできた。
「っ、ん、ん……っ、ぅ……」
――これは、まずいかもしれない。
ぼんやりとした頭の中、アンフェールはわざと俺の腰を抱き締め、更に性器を擦りつけてくるのだ。一回り以上サイズが違うそれににゅるにゅると押しつぶされそうになっていると、そのままアンフェールの大きな手に性器を握られる。
「……っ、ん、む……っ?!」
驚いて咄嗟に腰を引こうとするが、アンフェールはそれを無視して二本の性器を束ねるように扱き始めるのだ。
アンフェールの手の中、どんどんと溢れるアンフェールの先走りが俺の性器を濡らしていく。溶けて混ざり合いそうなほどの熱の中、逃れることはできなかった。
「っん、ぅ……っ! ふ、ぅ」
「……っ、は……」
アンフェール、待ってくれ。
そう声を上げることも叶わないまま、二人分のカウパーでどろどろに汚れた性器を激しく擦り上げられ平気でいれるはずがなかった。
大きな手の平に包まれたまま、にゅるりと滑るように擦られる度にアンフェールの性器の太い筋や凹凸が擦れ合い、強い刺激となって下半身を更に刺激する。執務室に響く卑猥な音から逃れられないまま、俺は呆気なくアンフェールの手によって射精させられるのだ。
そして、間もなくアンフェールも射精する。口を開いた尿道口から勢いよく吹き出す精液を被りながら、俺はアンフェールの膝の上から暫く動くことはできなかった。
◆ ◆ ◆
気が付けば辺りは真っ暗になっていた。
あれからお互いの発情が落ち着くまでアンフェールに体を弄ばれ、アンフェールへと奉仕する――そんな不健全な行為に耽っていた。
まだ頭がぼんやりとしている。性器を握られているような感覚が残ったまま、俺はアンフェールとともに寮舎へと戻ってきていた。
寮舎へと戻ってきたときにはアンフェールはいつものアンフェールに戻っていて、少しは機嫌が直ったならそれでいい。そう思うことしかできなかった。
――自室前。
「それじゃあな」
「……ああ」
伸びてきた手にさらりと髪を撫でられ、緊張する。びくりと震える俺を一瞥したアンフェールは、そのまますっと手を引いた。そしてそのまま俺の部屋の前から立ち去っていくのだ。
俺はそれを見送って、部屋へと戻った。
扉を背にしたまま、俺はそのまま床へと座り込んだ。
「……っ、……アンフェール」
胸と性器の先っぽは未だじんじんと痺れていた。
こんなこと、今まではなかった。
――なんだか、道を踏み外してしまった気がする。いやでも、アンフェールに嫌われたわけではない。寧ろ……。
「……」
……風呂に入りたい。
このままいたらまた変な気を起こしてしまいそうで怖かった。俺は逃げ込むように、そのままふらふらと浴室へと向かった。
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