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三巡目

 ほんの数秒のようで、もっと長い間眠っていたような感覚があった。  それでも、意識は確かに残っていた。  生々しいほどの、自分の命が終わる瞬間までの感覚もだ。  目を覚ませば、俺はいつもの中庭の中にいた。  脂汗でぐっしょりと濡れた身体。心配そうに声をかけてくる後輩を無視し、俺はそのまま中庭に置かれた繊細な装飾が施された長椅子へと腰をかける。  今は部屋に戻る時間も惜しかった。  記憶が薄れる前に、自分の中の記憶をまとめたかったのだ。  あの世界では間違いなくハルベルは殺されていた。  そして、最後に俺を殺したのは――間違いなくアンリだ。何故、という疑問の方が多かった。  咄嗟のことで細部まで確認するほどの余裕はなかったが、アンリが手にしていた手斧、あれはもしかしてハルベルを死に至らしめた得物ではないのだろうか。  ぐちゃぐちゃになればなるほど思考が回らない。  何故アンリがハルベルを殺す必要があったのだ?  ハルベルのやつがアンリに対して不穏な態度を取っていたのは違いない。俺の知らない裏で、ハルベルとアンリの間でなにかがあったのか。  そこまで考えて、今までの世界線には居なかったユーノの存在を思い出す。  ――あの男がなにか関わっているのか?  そこまで考えて、休み時間の終了を告げる鐘の音が遠くから鳴り響く。  まだこの世界にはアンリはいない。けれど、それも数日のことだ。 「……」  とにかく、ユーノのことを調べてみよう。  このまま授業を受ける気にはなれなかったが、サボったりでもして目をつけられるような真似だけは避けたかった。  重い腰を持ち上げ、一旦俺は教室へと戻ることにした。  そして何事もなかったかのように他の生徒たちに紛れ、授業を受ける。  どうしても死の感触が生々しく残っている状況だ。落ち着かない気分があったが、それを上回るほど俺は思ったよりも追い詰められていたようだ。調査しなければ、という気持ちの方が強かった。  それに、と最期にみた光景を思い出す。  アンリに突き飛ばされたあのとき、強く感じたデジャヴュ。どうしても俺の中にある卯子酉の部分が強く反応したのだ。  八代杏璃が卯子酉の死、そしてこの世界への転生に関わっている?  たまたまの偶然だとしても、その真偽を調べる必要があったのだ。  ◆ ◆ ◆  教師の言葉をただ右から左へと受け流すだけの授業を終え、放課後の鐘が学園内に鳴り響いた。それを聞きながら、俺は足早に教室を出る。そんなときだ。 「リシェス様」  教室の前で待っていたのか。出入りするための扉の前に立っていたその長身の男の姿に思わず息を飲んだ。 「ハルベル」と声が震えそうになるのを堪えて名前を呼べば、男――ハルベルはにこりと微笑んだ。 「丁度良かった。リシェス様もこれからお帰りなのですか?」 「……」 「? リシェス様……?」  リセットされて繰り返される世界というのも、いい加減慣れなければならないと分かっててもやはり簡単に受け入れられるものではない。  つい先程血溜まりに沈む青白くなったハルベルを見てきたばかりのせいか、目の前で動いて笑うハルベルを見てると胸の奥に大きなしこりのようなものができるようなそんな違和感があった。 「……いや、俺は少しアンフェールのところに寄って帰る。お前は先に戻ってろ」  そう敢えて突き放す言葉を選んだ。  調べ物はユーノのことだ。この世界線の出来事ではないとしても、そのことをハルベルに知られるのは良くないと考えたのだ。  ハルベルはしゅんとし、「わかりました」と頭を下げる。そのまま俺は罪悪感を抱く前に、ハルベルから逃げるように執務室へと駆け足で向かった。  以前の世界線では、必要以上にハルベルに甘えてしまった節もある。そんな行動のせいで結果的にハルベルを殺してしまったのだとしたら――今はまだ迂闊に接するべきではないだろう。  ――俺だって、好きでよく知った人間の死体をみたいと思わない。

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