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03

 翌朝、久し振りに早起ききた俺はハルベルの部屋を尋ねた。  普段からハルベルが早起きなことは知っていた。そして扉を叩けば、少し間を置いてハルベルが顔を出す。 「リシェス様? どうされたんですか、こんな朝早くに」 「お前に用があってきたんだ」 「用ですか?」 「ああ、……ちょっとついてきてほしい場所があって」  不思議そうな顔をするハルベルだったが、「すぐ準備するので中で待ってもらっていいですか」と俺を部屋の中へと招き入れる。俺はハルベルの言葉に甘えることにした。  ハルベルの態度はいつもと変わらないし、ハルベルの用意してくれた紅茶は相変わらず美味い。 「待っている間どうぞ」と渡された紅茶に舌鼓を打ちながら、俺はハルベルを待つことにした。  そして、身嗜みを整えたようだ。戻ったきたハルベルに俺は改めて『森に同行してほしい』と伝えた。が。 「駄目です」 「どうしてだ」 「どうもこうも、危険だからですよ。……それに、僕一人だなんて……もしリシェス様の身になにかあったら……少なくとも護衛を三人は増やす必要はあります」 「…………」 「そんな顔をされても駄目なものは駄目です」  流石ハルベル、というべきなのだろうか。本来ならば世話係としては正しい反応なのだろうが、今の俺にとっては都合が悪い。 「そもそも、その森に用事というのはどういうことですか。どうしてもと言うなら僕がその用事に代行させていただきますよ」 「用事は用事だ」 「ですから、なんの」 「……………………授業に関することだ」 「なんですか、その間は」と珍しくハルベルの表情が険しくなる。  普段が温和だからだろう、なんとなく妙な迫力を感じ、思わず言葉に詰まりそうになるのを咳払いをして誤魔化した。 「どちらにせよ、人に任せるのは俺としても本意ではない。ハルベルが無理だと言うなら、俺一人でも……」 「駄目です、リシェス様」 「……」 「いけません、リシェス様」 「に……ニ回も言わなくていいだろ」  この調子ではハルベルの説得は難しそうだ。  あまり危険な目には遭いたくはなかったが、俺とて今までこの学園で剣術を嗜んできた身だ。最悪爆薬でもなんでも持っていけばハルベルがいなくともいけるのではないか、と考えたがそれすらもハルベルに読まれたようだ。 「リシェス様」  ずい、と目の前に迫るハルベルに少し気圧されそうになる。  両肩をがっしりと掴まれ、なんだよ、と唇を尖らせたときだ。 「こういうときこそ、アンフェール様に頼るのです」  そこまで意気込んで言うことなのか。  ……ハルベルだから仕方ないのか。 「それはもうやった」 「え? 断られたのですか?」 「……あいつも忙しい時期だからな」  ――あくまで前の世界の話だが。  あのときは断られなかっただろうが、好感度が下がった今の状態ならばまた怪しまれて断られ兼ねないが。 「……そうなのですか」 「大人数で行くほどの用でもない。お前が無理だというのなら諦めてまた二度寝でもする」  このままでは埒が開かなさそうだ。そう判断した俺はこの話題を切り上げ、ハルベルの部屋から出ていこうとする。  そのときだ。 「待ってください、リシェス様」  ハルベルに呼び止められた。  振り返れば、覚悟を決めたように、きゅっと唇を結んだハルベルがそこにいた。 「僕がお供します」 「……いいのか?」 「ええ、ですが……危険なことがあればすぐにでも引き返します。そのときはリシェス様には諦めていただくことになりますが……」  ……やはり、ハルベルはハルベルだ。  なんだかんだ俺には甘いハルベルのことだから心の底で分かっていたが、それでも嬉しくなって俺はハルベルの手を取った。 「り、リシェス様……っ!」 「ありがとう、ハルベル。……面倒をかける」 「……いえ、リシェス様のためですから」  少しだけ照れたように微笑むハルベル。  その笑顔につられ、俺も少しだけ頬が緩むのを感じた。  それから、ハルベルに「行くからにはしっかり準備をする必要があります。リシェス様、もう少し待っててくださいね」と言われ、再びハルベルを待つこと暫く。  寝静まっていた早朝の寮舎もそろそろ起き出す人間も出てくるのではないかという時間になり、ようやくハルベルは「お待たせしました」と寝室から顔を出す。  山のような荷物を用意したハルベルに思わずぎょっとした。 「……その荷物はなんだ」 「リシェス様の身をお守りするために必要なものたちです。あと、もしリシェス様に怪我があった場合の薬と、リシェス様のおやつと……」 「おやつはいらないから置いていけ。あと薬も、最小限にまとめろ」 「そんな……」  再びハルベルの荷物を減らさせ、そして改めて俺達は学園の出入り口――裏門へと向かうのだ。  裏門には警備の人間がいる。一応外に家の馬車を待たせているという体で扉を開けさせ、そのまま門から堂々と俺達は森へと足を踏み入れるのだった。

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