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第2話

 「昨日あたりからかなあ、部長、ちょっと変じゃないか?」  チーム内で最初に部長の異変を口にしたのは、メンバー内の先輩格であるアンディ・ユーだ。もちろん、郎主任はその前から気付いてはいたが、口には出さなかった。 「え?そう?」「夏バテでは?」  この時期、日本ではお盆休みの企業が多く、クライアントのほとんどが日系企業である桜花企画活動公司は割と暇だ。  だが、夏休みを利用しての見本市参加など大きな企業イベントは中国各地で行われているので、大企業や地方企業を主に担当している第1班や第3班は出張が多い。  全員がオフィスに残っているのは、この第5班くらいだが、暇であるがゆえにオフィスの夏の懇親会の企画を任されてしまい、根が真面目な白志蘭(バイ・チーラン)石一海(シー・イーハイ)は資料集めに必死になっていて、部長の事など気にも留めていなかった。  その隣で、ランチの時に買っておいたスイカジュースを飲みながら、懇親会の参加者名簿を作っていた百瀬茉莎実(ももせ・まさみ)が、ふと呟いた。 「お盆って、地獄の釜の蓋が開いて、死者が家族のところへ戻って来るんだよね~」 「はあ?何それ?」  食いついたのはアンディだけでなく、志蘭や一海も思わず手を止めた。 「え?中国じゃこういう話無かったっけ?」  指摘に驚いた百瀬も、同じように手を止める。 「日本の8月のお盆には、死んだ人が帰って来るんだよ?知らない?」  アメリカ国籍のアンディと2人の中国人は、全然知らないと首を横に振った。むしろ死者が戻って来るということで、ゾンビやキョンシーをイメージしてか、アンディと一海は顔色が悪い。 「そうなん?お盆になったら、ご先祖様が帰って来るから、早く帰ってくるようにキュウリで作った馬を用意して、帰る時にはゆっくり帰って欲しいから茄子で作った牛を用意するのよ」  ドヤ顔をして説明する百瀬だが、同僚たちは意味が分からずモヤモヤしている。 「キュウリの馬って?」「茄子の牛って?」「ゆっくり帰るってナニ?」  そんな同僚たちに、説明が難しいと察した百瀬は、スイカジュースをごくりと飲んで、冷ややかに言った。 「ネット検索しなよ」  言われた通り、素直な一海が検索を始める。 「それと部長にどんな関係が?」  不思議そうにアンディが訊ねると、そんなに深く考えていなかったらしい百瀬は、ちょっと困った表情になり、自分の思い付きを答えた。 「ん~、あの世から帰って来る誰かを待ってる、とか?」 「ええ~!」 気味悪そうにアンディが反応するが、百瀬はキョトンとしている。 「もう会えないって思ってた人が、心配して会いに来てくれる、なんて嬉しくない?」  中国人にも間違えられる百瀬だが、こういう日本人的な感覚は忘れていないようだ。亡くなった祖父やご先祖が自分を見守り心配して会いに来てくれると、信じているというより感覚的に受け入れている。  先祖があの世で見守ってくれているという発想自体は中国にもあるが、死者がこの世に戻って来るというのは、先祖の怒りや祟りなど悪い事しかイメージしない。 「死者が会いに来て、一緒に冥界に連れて行くんじゃないんですか?」  恐る恐る一海が訊ねる。一番若い一海でさえ、「蘇った死者」という概念は恐ろしいものだという思い込みがある。 「さあ?」  面白がって百瀬はそう言ったが、そんな他愛無い会話を、少し離れた席で耳にした郎威軍は、なぜか心に引っ掛かった。 (志津真が、亡くなった誰かに会いたがっている?)  その不吉な感覚が拭えなくて、郎威軍は恋人の安否が不安で仕方が無かった。

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