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第3話

 普段、公私混同を嫌がる郎威軍は、平日の夜に恋人と過ごすことはしない。甘い空気のまま翌日の職場で顔を合わせることを避けたいのだ。  もちろん、お気楽な関西人の上司は、毎日でも恋人と一緒に居たいと思っているのだが、いつでも愛する人の考えを尊重したいと、無理な要求は決してしない。  そんな2人のルールはあったのだが、常にルールとは破られるためにあるものだ。  定時退社の30分前のことだった。  加瀬部長の私用スマホにメッセージが来た。 「ん?」  業務時間に私用でメッセージが来ることなどめったにない。  かつて勤務していた領事館の友人も、それが私用であっても社用スマホに平気で連絡してくるほどだ。 「んんっ?」  そんな珍しいメッセージの送信者を確認して、部長はさらに驚いた。 (今夜、一緒に食事でもどうですか?)  誘ってきたのは、営業第5班の郎主任だ。 (え?今日、週末?ちゃうちゃう、まだ火曜日やろ?)  動揺した加瀬部長は、慌てて首を伸ばして第5班のデスクの辺りを覗き込むが、そこに郎主任はいない。 「なあ、アンディ」 「なんです?」 「郎主任は?」  部長に言われるまで気が付かなかったらしく、慌ててアンディも周囲を見渡す。 「さっき出て行かれましたよ?お手洗いか、私用電話じゃないですか?」  パソコンで資料作りをしていた白志蘭がそう答えた。 「だ、そうです」 「あ、そう…」  アンディと志蘭に愛想笑いを送ると、腑に落ちない様子で部長は椅子に座り直した。 (まだ週の前半の火曜日やぞ?)  らしくない行動に、しばらく迷っていた加瀬部長だったが、思い切ってメッセージに返信した。 (ゴメン。今夜は都合が悪い)  送信すると、しばらくして郎主任がデスクに戻って来た。  相変わらず端正で整ってはいるが、感情が見えない「人造人(サイボーグ)」の顔だ。だが、部長はいざ知らず、恋人である加瀬志津真はその不機嫌を感じ取ってしまう。 「あ、主任、さっき部長が…」  アンディが声を掛けると、ほぼ同時に加瀬部長が立ち上がった。 「郎主任、ちょっと会議室まで顔、貸してんか」  いつもの飄々とした人の良い顔つきではなく、珍しく真剣に考えこむような表情で、加瀬部長は郎主任と共に、空いている小会議室へ消えて行った。 「な、なに、アレ?」  いつにない空気に、さすがのクールビューティ―の志蘭もアンディに駆け寄り、小声で言った。 「さあ?なんか僕たち主任が怒られるようなミスしたっけ?」  アンディも心配そうに会議室のドアを見詰めるが、志蘭は呆れたようにアンディの肩をポンと叩いた。 「何言ってるのよ、あれはどう見たって痴話げんかじゃない」 「はい?」 「すぐに、茉莎実に知らせないと!」 「え?」  有能で仕事が早い白志蘭は、すぐに同僚の百瀬にメールを送った。

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