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第5話

 加瀬志津真は、帰宅すると玄関に近い来客用のバスルームで手を洗い、ホテル仕様のタオルで手を拭きながらリビングに向かった。  スマホをテーブルに置き、麻混のベージュのサマージャケットを脱ぎ、ネクタイを外して、キッチンに向かった。  冷蔵庫を開けると青島(チンタオ)ビール金ラベルの小瓶を取り出し、冷凍庫からは日本製の冷食「エビピラフ」を取り出す。それを、ビールを飲みながら皿に移し、レンジに入れて、出来上がりを待つまで、さらにビールを飲んだ。 (なんか惣菜でも買って来ればよかったかな~)  志津真が自宅としている服務式公寓(サービスアパートメント)は、便利な淮海路(ワイハイ・ロード)に面しており、地下鉄直結のデパートがすぐ向かいにある。日本と同じく上海のデパ地下も食品関係は充実しており、フードコートもあれば、総菜店やパン屋や寿司屋など独り暮らしの人間だけでなくファミリー層にも人気の店がいくつも入っている。  だが今日は、職場からどこにも寄らずに真っ直ぐに帰って来たのだ。 (ま、さっさと食べて風呂入って寝よ…)  そう自分に言い聞かせた時に、レンジが昔ながらの「チン♪」という音を立てた。  日本製冷凍食品は、高級な日系スーパーで購入した物で、志津真にしてみれば、いざという時の非常食だ。外食したくない時、体調が悪くて料理したくない時などに最終手段として非常食を取り出すのだ。  それほどに高価な「高級品」なのだが、今日は惜しむことなく使うことにした。  皿の上のピラフにスプーンを突き刺し、片手に皿を、片手に飲み掛けのビールを持って、志津真はリビングに戻った。一人の静けさを消すようにテレビを点ける。  特に観たいものはないので、いつもなら日本語放送か英語放送を選ぶのだが、今夜は適当にリモコンを押して中国語のバラエティで手を止めた。言葉は分からないにしても、内容が賑やかそうだ。  ぼんやり意味を為さない映像に目をやりながら、志津真はエビピラフとビールだけの夕食を始める。  黙々と食べ、飲み、たまにテレビをボーっと見つめ、気が付くと志津真はそのままリビングのソファで寝入っていた。

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