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第8話

「お早うございます、主任!」 「あぁ、おはようございます」  主任のその見た目は相変わらずの無表情だったが、その眼には明らかに動揺が見られる。それほどに部長の消耗は外見から明らかだった。 「じゃ、お先に~」  気を使ったつもりなのか、百瀬は小走りにオフィスの第5班のデスクへ急いだ。  取り残された郎主任はエレベータに乗り損ねてしまう。 「ウェイ…昨日はゴメン。心配してくれたのに…」  周囲に誰もいないことを確認して、志津真は恋人に謝った。 「けど、ホンマに何でもないねん。ただ、夜があんまり寝られへんだけで…」  志津真の気まずそうな言い訳を、郎威軍は黙って聞いているだけだった。 「なあ、今日は一緒に昼飯でも…」 「申し訳ありません。今からクライアントに呼び出されたので、お昼には戻れないかと思います」  いつも通りの淡々とした「人造人主任」は、それだけを言うと、急いで扉が開いたエレベータに乗り込んだ。 「……」  つれない恋人にガッカリしながらも、相変わらず真面目に熱心に働く郎主任を、頼もしく思う加瀬部長だった。  オフィスのドアが開くと、加瀬部長は微妙な視線を感じた。心配するような、からかうような、何かを期待するような、モヤモヤする視線だ。  その視線の発信先が、営業部第5班のデスク周辺だと気付くのに時間はかからない。 「なんや。なんか言いたそうやな」  ムッとした態度で百瀬に声を掛けると、百瀬は許可を得たかのように急いで部長にすり寄って来た。 「で?ランチの約束は出来ました?いいお店が出来たんですよ。ちょっと遠いんですけど…」 「振られた」 「は?」 「仕事やから、ランチは無理や」  それだけを言うと、その先の介入を許さない態度で部長は自分の席に着いた。それ以上は何も言えずに、百瀬もすごすごとデスクに戻り、隣の石一海とコソコソ話している。  その様子をチラリと横目で見ながら、加瀬部長はハア~と1つため息をついた。 (怒ってんのかなあ。昨日心配してくれたのに、突き放すようなこと言うたし…)  ぼんやりとそんなことを考えていた加瀬部長だったが、急に肩を揺すぶられ、驚いて我に返った。 「え?は?何?」  隣に立って、部長の肩から手を放したアンディ・ユーは、呆れたように部長を見詰めている。 「あ、ゴメン。何やった、アンディ?」 「いや、だから、ランチ一緒に行きましょうって、さっきから何度も…」 「お前、ランチて、そんな…」  さっき自席に着いたばかりだというのに、ランチに誘うのは早すぎると笑い飛ばそうとした加瀬部長だったが、オフィスの壁に掛かる時計を見て愕然となった。  時計はもう12時を指している。  オフィスの定時出勤は、夜が遅くなることが多いため、基本的に10時だが、早出シフトは9時からで、クライアントの都合でそれより早く動く営業部員も多い。  だが今朝の部長は定時出勤だったので、まる2時間の記憶が無い事になる。 「どうしました?」  アンディに聞かれ、さすがに加瀬部長も自分の異常を認めないわけにはいかなくなった。

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