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第9話

 額田(ぬかた)社長に体調不良を申し出ると、加瀬部長は午後から退勤することにした。  予定を確認し、各班の主任には退勤することを知らせ、必要な指示は与え、それ以外は主任たちの裁量に任せることにしている。  そこで何かミスが起きたとしても、責任は加瀬部長1人が背負う覚悟だ。それが分かっているから、部下たちは部長に迷惑を掛けまいと、すべきことをきちんとするので却ってミスは生まれにくい。  全て、加瀬部長への信頼が為せることだった。その信頼に応えるためにも、部長は退勤後、その足ですぐに虹橋地区にある、日本人医師常駐のクリニックへ向かった。  最新設備の整ったセレブ御用達のクリニックでは、丁寧な検査を受けたのだが、これという異常は無く、やはり夏バテだろうということで、睡眠導入剤を処方され、まずはしっかり寝ましょうと言われた。  志津真がクリニックを出たのは、もう夕方だった。  虹橋地区のクリニックから、タクシーで自宅の服務式公寓のある淮海路を目指す。  途中日系デパートを横目で見て、デパ地下で何か買って帰れば良かった、と思いながらタクシー内でうつらうつらしていた。  服務式公寓前にタクシーが停まると、すぐに高身長でイケメンのシックな制服を着たドアマンがドアを開けてくれる。  眠い目を擦りながらスマホアプリでタクシーの支払いを済ませると、志津真はドアマンの手を借りてタクシーから降りた。  そのままヨロヨロとホテル同様のフロント階まで上がると、自室に戻る前にコンシェルジュデスクへと向かう。  そこでいくつか頼みごとをすると、ホッとした顔で、ようやく志津真は自分の部屋へ戻った。  時刻は4時半で、食事をするにも少し早いのだが、昼食を抜いていたため、キッチンでゴソゴソとして冷凍のチョコクロワッサンを見つけると、それをレンジに入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出しマグカップに入れた。  クロワッサンが解凍されると、ダイニングテーブルまで移動するのも面倒なのか、キッチンで立ったまま頬張り、牛乳も温めることもせずにそのまま流し込んだ。  そうしてホッと一息つくと、クリニックで貰った薬を取り出し、一回一錠と書かれているのを確認し、一粒口に入れ、キッチンの隅にあるウォーターサーバの水をグラスに入れてごくりと呑み込んだ。  そのグラスを持ったまま主寝室へと向かう。  シャワーを浴びてから寝ようかと思ったが、早くも薬が効いてきたのか何もかもが面倒になり、志津真はそのままベッドに倒れ込んだ。

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