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第12話

「それって、デザートはウェイウェイってことやんな!」  もつれる足でまろびながら、志津真は威軍の後を追う。すでにキッチンにいた威軍の声が聞こえた。 「さあ、どうでしょう?ふふふ」  明るく答えておきながら、キッチンに立った威軍は少し悲しそうな顔だった。 (本当に、望んでくれているんだろうか…。いつか、ここに私以外の人が立って、あの人の世話をするようになるかもしれない…)  そんな疑念を必死で打ち消しながら、威軍は運ばれて来た、志津真が最近に気に入っている近所のスペイン・バルのデリバリーの包みを開いた。  やっぱりね…と思い、威軍は苦笑する。  海鮮たっぷりのアヒージョに、イカ墨のパエリア、野菜がたっぷりと入ったスペインオムレツ、それに人気のバスク風チーズケーキがホールで入っている。どれもベタ過ぎるほど志津真の好物ばかりだ。  別に、志津真がデリバリーを注文していたことを想定していたわけでは無いが、ここに威軍が買ってきたチキンスープが加われば完璧な夕食だと思った。 「なあ」  振り返ると、壁にもたれかかるようにして志津真が威軍の作業を見ていた。 「なんですか?」 「お前も、一緒に食ってくやろ?」  どことなく不安そうに問いかける、不惑(ふわく)を過ぎた志津真が、いとけなく思えて威軍は胸が締め付けられる。 「カワイイこと、言うじゃないですか」  いつもとは逆に、威軍の方が志津真をからかうように言って、2人で声を上げて笑った。 (病気のせいで、心細いのかもしれない…誰かが…、私でなくても、誰かが傍にいればいいのかもしれない)  笑いながらも、威軍の心は冷めていた。 「まるで、私が来るのが分かっていたみたいな量ですよ」  温め直した料理を盛りつけながら、威軍は言った。 (やはり、志津真は誰かを待っている…)  そんな風に思う自分がイヤだったが、威軍は志津真に気付かれまいと必死だった。 「いや、2人前からしか配達してくれへんねん、あの店。ウェイが来てくれて良かったけど、そうでなかったら、残りはまた明日食べるとこやった」  嬉しそうにそう言って、志津真も皿を運ぶのを手伝った。  それは、いつもと変わらない風景だった。美味しい料理を並べて、2人で笑い合って、楽しく、美味しく夕食を摂る…。そんな、何でもない日常だったのに。  今は、それを心から楽しめない威軍がいた。 (貴方が好き…。貴方と過ごすこんな時間が好き…。それを…失いたくない…)  食事を終え、志津真をバスルームへ見送ると、威軍はキッチンで洗い物をして片付けた。  これで、後は帰るだけ…。そう思うと少し切ない。このまま志津真の顔も見ずに帰ることも考えたが、それでは余りにも寂し過ぎて、威軍は志津真が居るはずの寝室に向かった。  やはり志津真は奥のバスルームにいるようだ。シャワーの音が聞こえる。それを耳にしながら、威軍は考えていた。  考えながら、ついいつもの習慣でベッドの端に座ってしまう。 (私が想うほどには、志津真は私を必要としていないかもしれない。私でなくても、この場所に相応しい人間がいるのかも…。私は…こんなに…、こんなにも貴方が好きなのに…)

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