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第16話

 シングルベッドの上で、志津真はルイを抱きかかえるようにして眠っていた。 「志津真…」 「ん?」  甘い声で囁くルイの声に、目を(つむ)ったままで志津真は応える。 「何?なんかあった?」  ゆっくりと目を開け、目の前の妖艶な美貌を堪能する。 「ありがとう、志津真。君に愛されて、私は幸せだった」 「…?…ルイ?」  ぼんやりしていた志津真も、驚いて覚醒し、その眼でルイに問いかける。 「君に出会い、君に抱かれ、君に愛されて、私は生れて初めて人としての悦びを知り、こんな私でも幸せになっていいんだと思えた」  儚い笑みを浮かべてそう言ったルイが、志津真にはいじらしく胸が痛い。 「じゃあ、どうして俺を置いて1人で逝ってしまったんだ」  あの時の慟哭を思い出し、志津真は苦しくなる。言ってみれば、たった一夜の異国での戯れだ。それなのに志津真はルイを心から愛し、欲し、そして失って苦しんだ。  それほどにルイの存在感は大きく、志津真を虜にした。 「ごめんね」  何度も目にした、この哀しそうな笑顔のルイが志津真の瞼に焼き付いて離れない。 「ずっと、ずっと俺と一緒にいれば…一緒に生きて行けば、今でも幸せだったはずだろう?」  また、この年上の佳人は自分の元から離れて行くのだと志津真は予感した。 「行かないでくれ、ルイ」  ルイをきつく抱きしめ泣きじゃくる志津真の髪を、ルイがこの上なく愛し気に撫でる。 「心配しないでいいよ、志津真。今、私の横にはあの人が居る」  気が付くと、志津真の腕の中にルイはいなかった。  ルイはベッドサイドに立ち、キッチリと身に合った、ロンドンっ子らしいシックなスーツ姿で志津真を見下ろしていた。 「あの人は不器用で、ずっと私の片想いだと思っていたけれど…。あの人なりに、私を愛してくれていたんだ。今はそれが分かる」  その時、志津真が初めて見る、美しく晴れやかな笑顔のルイがいた。 「志津真は、もう私の事で後悔しなくていい。私は君を愛して幸せだった。今は…、あの人と一緒に居ることで幸せだから…」  あの人と言うのが、鳳睿のかつての上司で、彼を愛人として抱いていた上司の(チョウ)という男だというのは志津真にも分かった。  あんな、ルイを幸せに出来ないような、あんな男と一緒に居て幸せだなんて…。志津真は悔しくて泣いてしまう。だが、ルイが言う「幸せだ」と言う言葉が嘘では無いこともまた分かっていた。 「でも…でも…。ルイに傍にして欲しい。ずっとルイを抱いていたい。ルイを愛して幸せにしたい…。違う…違うんだ…ルイのためじゃなく…俺のために、ルイを手放したくない…俺が幸せになるために、ルイが必要なんだ…」  志津真は子供のように号泣し、泣いて、泣いて、そのまま泣き寝入ってしまった。 〈大丈夫だよ。志津真には、彼がいる。ずっと傍にいて愛してくれるウェイウェイがいるからね。郎威軍を大事にして、2人で幸せになるんだよ〉  鳳睿は優しくそう言って、志津真の頭に手を添えて、頬にキスをすると、周という男に手を引かれるようにしてどこかへ去って行った。

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