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第2話
2.好きだった人
「ねえ、倖田、あの話って成瀬くんにしてくれた?」
午後の休み時間になったとき、ふいに隣の席から本田に話しかけられて面食らった。
「え?なんの話だっけ?」
急に千早の名前が出て来て、誰に関係を知られてる訳ではないのに鼓動が速まる。
「だーかーらー、こないだ、成瀬くんとご飯する会、セッティングしてって言ったじゃん」
「ああ。本気だったの、あれ」
「嘘で言うわけないでしょ。倖田、完全に忘れてたみたいだけど?」
「忘れてたっつーか、記憶になかったわ。てか、無理だって言わなかったっけ?」
「ううん、誘うけど期待すんなって言われただけ」
「俺、そんなこと言ったかあ?」
「言った!!」
俺が本田とそんなやりとりをしていると、視界の端によく見知った女子の顔を捉えてふとそちらを見た。目と目が合う。ユリだ。
「あ…」思わず声に出る。
「ん?」本田がそちらを振り返った。
すると一瞬曇ったような表情をしてからフイ、とユリは目を逸らした。あ、やべ。別れたとたんにもう他の女子にちょっかい出してるみたいな感じに見えたか?
「あれってさ…。倖田の彼女だった人だよね?」
本田がヒソヒソと聞いてくる。
「…よく知ってんな」
「そりゃね。ね、なんで別れたの?」
「うるせえなあ、どいつもこいつも」
俺は不機嫌になって眉間に皺を寄せた。
「ふん、倖田にも色々あるんだね。ま、いいや、成瀬くんのこと、くれぐれもよろしく」
「や、だから無駄だと思うけど?」
「そんなの、分かんないじゃん。…それか、あたし直で成瀬くんのクラス行って誘ってもいい?」
「うわ、やめろやめろ。千早に話しかけるな」
「はあ?何よ、実の弟でもあるまいし、過保護?」
「いや、そーいうんじゃなくてさ…」
あーもー、参った。いよいよ色々と面倒くさくなって来た。
本田を適当にあしらって、まだクラスの女子と何かを話しているユリをチラ見する。
髪がまた少し伸びて大人っぽくなった気がする。相変わらず抜けるように白い肌で、友達に向ける笑顔は柔らかくて可愛らしい。
あんな子を振って何やってんだろなあ。千早と一体どうなりたいんだろ、俺って。
「え、なんで俺が合コンに出なきゃいけないの」
本田からの要望を話すと、千早は眉を顰めた。
「いや、ま、合コンていうかさ〜。単なるメシ会みたいなもんだからさ。一回、千早と会わせてやらないと引いてくれないんだって、その本田って女子が」
まったく、なんで俺が本田と千早の機嫌を取らなくてはならないのか。訳がわからない。
「しゃーねえなあ…じゃあ、2対2にしてくれる?」
「少人数の方がいいのか?」
「…当たり前じゃん。それって数兄もメンツに入れての合コンなんでしょ?数兄が選ぶ相手が増えても俺に何の得もないし」
「まあそうか…」
そうだった、一応俺の出会いのチャンスでもあるのだった。本来ならば、だけど。
千早はなんだかムスっとして下を向いている。
本当は夜、家に帰ってから千早んちに行くか俺の家で話してもいいことなんだけど、二人きりになるとまた押し倒されてしまう危険性があるのでわざわざ俺は千早の教室に来て廊下に呼び出したのだった。
「…数兄ってさ」
「ん?」
「数兄って、俺のこと…」
そこまで言いかけて千早は黙った。俺は、そのむっつりと俯いている表情を見て、千早が何を言おうとしたのかが分かった気がした。けど、こんなところで答えられるような話じゃない。
「…あの、さ。本当に、その〜、一度だけだから。本田もその友達の子も、千早がその気が全然ないって分かれば諦めると思うからさ…」
「…分かった。ねえ、また今週末さ、数兄の部屋、行ってもいい?」
「いいけど…」
いや、いいけど、じゃないんだけどな、俺も。あんまりにも千早が元気なさそうに言うからついまた応じてしまった。どんだけお人好しなんだよ、俺は。
本田と一応約束したとはいえ、俺もテニス部の大会があったりしてなかなか時間は取れなかった。
俺の珍しく都内の大会でベスト8に残ってしまい、関東大会まで進んだが二回戦で敗退した。自分の中ではなかなかの結果だった。私生活がやたらとごちゃついてる割には。そして、まあこんなところだろうと思い、晴れて引退することにした。
まだかまだかと本田に文句を言われつつも、千早を交えての食事会がセッティングできたのは6月半ばだった。
「だいたい、本田だって受験生なんだから二年の千早なんかにかまけてる場合かあ?」と言ってみたが「あ、あたし、自分の成績でも推薦で入れるとこ行くから大丈夫」とあっさり答えた。気楽な奴はいいよな。
で、結局、高校生らしく土曜の午後にファミレスで会うことになった。「ファミレスで2対2で会うくらいならもっと早く出来たでしょ!」とまた本田にブーブー言われたが。
学校に寄る用事があったので千早とは現地集合することにしたのだが、待ち合わせの時間を少し過ぎて店に着くとまだ奴は来ていなかった。
「倖田、こっち〜!」奥の方のボックス席から顔を覗かせて本田が手を振ってくる。
「おう、おつかれ」と言って座ると「おつー。あ、この子が矢野ちゃんね」と本田が隣の女子を紹介してきた。
「矢野まみです。よろしくね、倖田くん」
「矢野さんね。倖田数生です。よろしく」
ふーん、矢野ね。可愛いじゃん、と思った。ギャル系の本田と違ってストレートの黒髪でアイメイクはしっかりしているけど落ち着いて大人っぽい印象だ。悪くないなあ、と思ってハッとした。
そうだった、こいつらは千早が目当てなんだし、千早は俺しか見てないし、俺は千早になんだか振り回されていて彼女を作るなんて場合じゃない立場。なんて不毛な集まりなんだ。
「あ、来たんじゃない?」
俺がぐるぐると考え込んでいると本田が入口の方を見て軽く手を振った。
席から振り返ると千早がこちらへ歩いてくるところだった。オーバーサイズの白いTシャツに流行りのゆったりしたシルエットのワークパンツ。明るいアッシュブラウンの髪にはゆるくパーマがかかっていて、長い前髪から綺麗な瞳が覗いている。カラコンでも入れてるのかと思うが眼の色素が薄いのは元々だ。いつのまにかまた穴を増やしたのか左右の耳には5、6個のピアスがキラキラと光っている。
くそ、こいつやっぱり見た目がいい。本田は獲物を狙う猛禽類のように目を爛々とさせている。矢野も千早のことが気に入っていると聞いた気がするが、こちらは落ち着いた態度だ。
「…っす、遅れてすんません」
「遅いぞ、千早」
「いーの、いーの、座って!来てくれてありがとね〜!」
満面の笑みで本田が千早を迎える。手を握らんばかりの態度だ。
「先にドリンク取ってこいよ、千早」
「あー、そだね」
千早は飲み物を持って来てから隣に来たが、妙にぴったりと太腿が触れ合うくらいこちらに身を寄せて座った。
「ねー、千早くんって彼女いないんだよね?作らないの?」
本田はさっそくストレートにそんなことを聞いている。
「そうっすね。気になってる人がいて」
千早は女子に好かれる必要性を感じてないせいかそっけなく答える。
「えー、残念、そうなんだ?ね、ね、どんな人どんな人?」
本田もめげない。
「年上の人で…」
千早が答えるのを聞いて、「げほごほっ」と俺は気管にドリンクを詰まらせた。
すると「大丈夫、倖田くん?」と、矢野が心配してくれる。
「あ、大丈夫…」
優しい。いい子だなとまた思って、なんとなく矢野をじっと見ると、隣から刺すような視線を感じた。千早が横目でじろりとこちらを見ている。
「…俺の好きな人って、すごい鈍感なんですよね」
千早がいきなりはっきりした口調で言うので俺はまたヒヤリとする。
「へえ〜。なに、千早くんの気持ちになかなか気づかない感じとか?」
本田が尋ねる。
「そうっすね、結構会ったりしてるんだけど…なんか、態度もあいまいだし、こっちが気持ち言ってもはぐらかされてて」
「えー、千早くんみたいな人にそんな塩対応するなんて、なかなかやる女だね?」
千早を狙ってそうな割には本田は余裕の態度だ。まあ、確固たる彼女がいなければ付け入る隙があると思ってるんだろう。
矢野は相変わらず黙ってアイスティーを飲んでいる。この子も千早のことが気になってんじゃなかったんだっけ?でも、そうでもなさそうな雰囲気なんだよなあ。
その後も張り切ってアプローチする本田、特に気のなさそうな返事を繰り返す千早、なんとなくその二人の会話を聞いている俺と矢野という無益な時間が流れた。
しかし、退屈した俺がぼんやりと窓の外を見たりしていると太腿にさわさわとした感触があった。ん?と下を見ると、前の二人には見えない角度で千早の手が俺の太腿の内側を触っている。
「……!」と無言で驚き、目を見開いてチラっと千早を見ると、口の端だけでこちらに向かって笑った。
この、くっそエロガキが。千早の手をどけようとするのだが、サッとかわされ、その代わりにスルリと太腿を際どいところまで撫でられてビクッとしてしまう。
「ごめん、俺、ちょっとトイレ…」
セクハラ攻撃を逃れるために一旦千早を押し退けて、便所に向かった。
洗面台に両手を突いてため息を吐く。あれしきのことで少し反応してしまうとは。千早の野郎め。あいつが何かと触ってくるせいで、なんか敏感になってしまったじゃないか。どうしてくれる。
すると、ガチャ、と音をさせて誰か人が入って来た。びく、としてそちらを見ると「うわっ」と声を上げてしまう。
「数兄、うんこ?」
千早が鏡越しに笑って尋ねてくる。
「…なわけねーだろ」
「…あれくらいで反応しちゃった?」
「おまえな〜!!」
俺が今度こそ怒った顔をすると、千早にぐい、と腕を掴まれた。「え、おい…」
そう言っている間に引っ張られて個室に押し込められ、鍵を掛けられた。
「ちょ、千早…」
「黙って、数兄…」
千早が首に腕を回してきたかと思うと、少し背伸びしてキスしてきた。「この…」と言う暇もなく、舌が入り込んでくる。
「んんっ、はぁっ、千早…っ、やめろ、こんなとこで…」
「そう言いながら、全然身体が逃げてないよ、数兄…」
狭くて逃げらんねーんだっつの、と言う暇もなく、さらに舌を強く絡めとられてくらくらする。動揺しているうちに、いつしか千早の手のひらは俺の股間をすりすりと撫でている。
「わー!それはっ、やめろ、ここでは…!」
ダメだ。このままだとこんなとこで気持ちよくされてしまう。外には俺たちを待っている女子。そんなの不純すぎる。
「ここじゃなければ、いいの?」
「いや、なければってことも…」
「じゃ、あの子たち振り切って、帰って家で続きしよう?数兄…」
「帰れるかあ〜?」
「俺は別に好かれなくてもいーし。ていうか数兄の方が心配。あの矢野って人、俺じゃなくて数兄の方を狙ってんじゃん」
「ええ?!そうだったか?」
「…数兄って人の気持ちに鈍感だよな。けど、数兄も矢野って人、割と好みのタイプだろ?」
「…前はな」
「今は違う?」
「今は…」
今は?今はなんなんだ?やっぱり自分の気持ちが分からない。考えては泳ぐ俺の目を、少し下からじっと千早が見上げてくる。
「ま、いいや。帰ろ。数兄」
ガチャ、と扉を開けて千早は出て行き、俺はそれ以上触られなくて安堵した。ただ、若干まだじんじんしていて、すぐには外に出られなかったけど。
「ね、このあとさー、よかったら二班に分かれない?」
席に戻ると、本田が俺たちに切り出した。
「え、にはん?」
「わたし、千早くんとゆっくり話したいしさー。倖田は矢野ちゃんと二人でお茶でもすれば?」
「ええ?…俺、帰るよ。そんなん、矢野さんだって…」
「わたしはいいよ、倖田くん」
矢野が黒目がちな瞳でこちらを見て言うのでドキっとする。いや、してる場合じゃないんだけど。
「そ、そう…?えと、千早は?」
横目で千早を見るとギロリとこちらを睨まれた。さらに足を靴でグッと踏まれ「いたっ」と声を上げる。
「ん?どした、倖田?」
「あっ、ごめん、そうだった、今日、このあと塾の説明会だったんだわ。母親がそろそろ受験講座に通えってうるさくてさ…」
咄嗟に嘘を吐く。確かに説明会に行く予定はあって、それは来週なのだが。
「俺も、すんません、このあとちょっと用事があって」
「ええー?なに二人とも。忙しいじゃん」
本田が不服そうに口を尖らせる。
「ごめんごめん、埋め合わせはまた…」
俺はへらへらと愛想笑いを浮かべた。
「そっかー、残念だねえ」
口調の割にそれほど残念そうでない様子で言って矢野がドリンクを啜る。千早はああ言ったが、真剣に俺を狙ってる感じでもなさそうだ。
「あ、俺、ここ払っとくわ。悪いけど先に行くな、本田」
若干の気まずさから俺は伝票を掴んだ。
「はーい。またねえ」
「俺もそろそろ帰ります」
千早もさっと席を立つ。「えー、千早くんももう帰っちゃうのお?」と本田の声が背中に聞こえたが、二人でひらひらと手を振り、会計を済ませて店を出た。
その帰り道、「今日、親いないからウチ来れば?」と言われてノコノコと俺は千早の部屋について来た。
「なんか…」
「ん?」
「いや、なんでもない」
なんかお前の部屋、俺の部屋と似た匂いすんな、と言おうとしてやめた。もしかして俺の部屋には今、千早の匂いが充満してるのではないか?こいつが入り浸ってヘンなことするものだから。
「俺の部屋くんの、久しぶりじゃない?数兄」
「そうだな…」
そうだ。最近はこいつが俺んちにばかり来ていたから、こっちに来るのはあのとき、ウチに来たユリを帰して千早の家に乗り込んだ日以来だ。
「あ、数兄、シャワー浴びるか?暑かったから汗かいたろ?」
千早がエアコンのスイッチを入れながら言う。
「うん…」
シャワー?一瞬ドキリとしてしまう。
「大きめのTシャツと短パンあるから貸すし」
「…おう」
どうやら単に本当に汗をかいて帰ってきたのを気遣ってるだけで、他意はないらしかった。
しかし、バスルームに入ってレバーを捻ってから「あれ?」と思う。
ていうか、なんで俺、千早んちでシャワー浴びてんの。着替えもないわけだし、隣なんだから向こうで風呂入って着替えて来ればよかったのに…それに、別に家に帰ったって良かったのだ。ああ、またも知らぬ間に術中にハマっている。
で、洗面所に置いてある借りた着替えを見て「あ」と気付く。パンツないじゃん。
「なー、千早、新しいパンツとか持ってねーの?」
とりあえずTシャツと短パンを身につけ、部屋に戻って聞いてみた。
「ない。だって俺はMサイズだから数兄には小さいだろ?」
「…う。まあ、そうだな。やっぱ一回家に帰ろうかな…」
「パンツ履いてないの気になんの?いーじゃん、俺しかいないんだし短パンだけでも」
「そーなんだけど…。いや、やっぱ取りに…」
とドアを開けて出ようとすると、千早に後ろから抱き締められ、扉に押し付けられた。
「ダメ。そのまま帰るつもりだろ」
「…戻って来るって」
「ウソだね。…あ、数兄、いい匂いするな…」
後ろから囁かれて鼓膜がザワザワし、緩くウェーブのかかった細い髪の毛がうなじをくすぐる。いつしかまたするりと千早の両手は服の中に入り込んでいた。だから一体どこで手に入れた技なんだよ、それは。
ペニスが後ろから回された左手に包み込まれ、擦られる。もう片方の手はケツの肉を手のひらでぐいぐいと掴み、揉んでいる。
「ちょ!千早っ…」
「もー、我慢できない」
「もうちょっとお前は…!性欲のコントロールをしろ…!」
「数兄だってファミレスにいるときからずっとムラムラしてただろ?」
「あれは、ちがっ、お前が、触るからだろっ…あっ、あ、う…」
上下する動きが速くなって耐えられない。そうだよ、こいつが太腿を触ってきたときからムラっとしてたよ、悪いかよ。生理現象なんだから仕方ないだろ。
そんな言い訳を頭でぐるぐるしている間にも千早の手の速度と握る強さが増し、「あっ、あっ、あ…」と喘ぎが漏れる。
さっきから千早の硬くなったものが尻と腿の境目あたりに当たっていて、その感触にもずっとドギマギしてしまっている。
「…数兄、すげーやらしい」
「うるせえ…」
ったく、またこれだ。やられた。
「はあっ…あ…」
射精感に堪えきれずに、びゅ、びゅる、と勢いよく体液がまた千早の手のひらに吐き出された。ああ、情けない。またいかされた。
それで終わるかと思っていたら、受け止めた手のひらを千早は後ろに回した。濡れた手が窄まりのあたりを撫でる。
「ちょっ…!千早、そこは…」
「ね、数兄…ここ…指、いれてみてもいい?」
その言葉にギョッとして俺は振り返った。間近に千早の顔がある。
「…いいわけねー!」
「だよね?」
ふ、と眉を下げて千早は微笑んだ。そのいたずらっぽくも熱を帯びた瞳にドキッとして、俺は前を向いて項垂れる。…くそ。なんなんだ、ドキって。
千早は俺を離すとベッドサイドに行き、手のひらをティッシュで拭いた。俺は短パンを穿き直しながら、つい聞いてしまう。
「千早さ…」
「…ん?」
「お前のソレ、いっつも、どうしてんの?」
膨らんでいる股間のあたりをじっと見て言うと、意外にも千早は顔を少し赤らめた。
「…俺は、あとで自分で収めてんだよ」
「俺を、いかせるだけでいいの?お前…」
「だって…」
千早が口元を尖らせる。そういう表情は子供の頃のままだ。昔も、遊びに誘いに来た千早を『これから出かけるから』とか言って断ると、不貞腐れてよくこんな顔をしていた。
「…触ってやろうか」
何言ってんだ、と自分ですぐ思ったけど口からそう出ていた。
「え?」
「だって…なんか、俺だけいつも…」
俺だけ気持ちよくなって、って、勝手に千早が襲って来てるだけなんだからいいはずなんだけど。
「触っても、ほしいけど…」
「…なんだよ?」
「したいことがある」
「…い、挿れるのは、なしだぞ?!」
「いれねーよ。…数兄、ベッドに寝てくれる?」
拒否すればいいのに、また言われるがままベッドに横たわった。催眠術にでもかかってるのか、俺は?でも、なんだか、言うことを聞いてやりたいと思ってしまうんだ。弟を想う兄ごころ?なワケねーか。
千早は俺を転がしてうつ伏せにさせた。
「数兄、ケツだけ上にあげて」
「ちょ、だから、いれんなよ?!」
「いれねーって」
俺は大人しく膝を立てて腰だけ上に持ち上げた。
ぐい、と一気に千早の手が短パンを膝まで下ろす。
「ちょ…」
恥ずい。幼馴染の前で下半身むき出しにして何やってんだよ、俺は。
羞恥心に襲われていると、股間の間に何か熱いものが触れ、挟まれた。
「んんっ?」
「数兄、股、もうちょい閉じて…」
「あ…」
何が起こっているのか、やっと認識できた。千早のペニスが俺の股の間に挟まれていて、ぐっと横から太腿を押されて、さらにソコを締め付けさせられる。
そして、千早が腰を動かし始めた。
「はぁっ…」艶めかしいため息が頭上から降ってくる。
こす、こす、と俺の会陰に千早の熱くて硬い竿が擦りつけられ、じんじんと自分の股間も熱を帯びてくる。千早のペニスの先が俺の睾丸を掠め、少しさっきよりは柔らかくなっていたモノにも当たり、また硬さが戻ってくる。
「千早っ、ちょっと…」
俺はあまりのことに顔を後ろに向けたが、さらに千早は俺の太腿を両側から強く押さえて、自分のモノを締め付け、圧迫している。
会陰がぎゅん、として切なくなる。俺のペニスもまたすっかり強度を戻してきていた。千早のものから先走りが漏れ出し、にちゃ、にちゃ、と擦れているところから音がしてくる。
「はぁっ、あ、あ、数兄…すごい…っ、締まる…」
「お前がっ…勝手に締め付けてんだろっ…」
俺は自分のものからもまたポタポタ、と液体が溢れ出るのを感じた。これはマズい。
こんなの…こんなのって、挿れてないだけで、セックスと同じじゃないか。
ヤバい。俺は至ってノーマルな男のはずだったのに。初体験は好みの可愛くて華奢な女の子とするはずだった。なのに、こんな風にまさか自分が女の子側の気持ちにさせられるなんて。
「数兄っ、ああっ、も、出る…」
千早が腰を押し付ける強さを増した。
「んっ…!」
自分のペニスが千早の動きに合わせて揺れて、堪らず、俺はそこを自ら握った。
「数兄、俺が、触る…」
握った手の上から千早の手が重なる。
「あっ、ダメだって、触んな…」
「いやだ…」
ぱん、ぱん、と肌と肌がぶつかり合って弾ける音が部屋に響く。
「んあっ…」
俺はまたこらえきれずにいってしまった。それはどくどくと溢れ、俺と千早の手に流れてくる。
そのうち、
「あっ、数兄…数にい…っ、好きだ…」
と千早が言って、腰の動きが速まったかと思うとピタリと止まり、俺の腰を爪が食い込むほど強く押さえた。びゅ、びゅ、と吐き出された白くて温かい液体が俺の股間を濡らす。
「はぁっ、すげえ…数兄…っ…」
「…てめえ、千早…」
千早のペニスが股の間から抜かれると、力が抜けてへなへなとベッドに突っ伏した。ああ、だめだ。シーツを汚してしまった。
呼吸が荒くて苦しい。胸ももやもやする。
千早もぜえぜえ、と軽く運動でもしたかのように呼吸しながら処理している。
ゴミを纏めた千早はベッドに戻ってくると、うつ伏せている俺の上に重なって覆い被さった。子供の頃から嗅ぎ慣れた千早の汗の匂いが鼻を掠めて、なんとも言えない気持ちになる。
「数兄…好きだ」
「うん…」
「…数兄は、俺のこと、結局、どう思ってんの?」
「どうって…」
こんなタイミングでそんな核心に触れてくるなんて卑怯だ。脳内が適切な答えを検索してぐるぐるしている。が、何をどう言っていいのか分からない。
「いつも、俺に色々されて気持ちいいから相手してくれてるだけ?」
「…んなこと、ないけど…」
「ないけど…?」
「お前のこと、どう思っていいのか、まだ分かんねーんだよ…。ずっと、弟だと思ってたから」
「〈弟〉と数兄はこんなことして平気なのか?」
「違っ…だから…」
「俺は…数兄と、本当はちゃんと、付き合いたい。数兄に触って、気持ちよくして、俺も気持ちよくなって…て、最初はそれだけでもいいと思ってたんだ。けど…やっぱりそれだけじゃ、嫌なんだ…」
「うん…」
「数兄…そろそろ選んでよ」
「…選ぶって?」
俺は突っ伏したまま答える。
「俺と、付き合うか、もうこういうことはやめて…俺とは関わらないか」
「関わらないって、お前…」
「数兄はさ、ほんとはノーマルだもんな?もうやめる、って言うなら、俺ももうこんなことすんの、やめる。我慢して、数兄には近づかない」
「…そんなの…」
「数兄は、ユリのこと本当に好きだったよな。邪魔したのは俺だよ。…あのさ、言ってなかったんだけど」
「なに?」
「俺、ユリに一度、数兄の悪い話、吹き込んだことがあるんだ」
「はぁ?」
俺は驚いて少し振り向いた、が、千早の身体の重みであまり動けない。
「…邪魔してやろうと思ってさ。さも数兄が今までカラダ目当てで女の子と付き合ってきたみたいなことユリに言ってやったんだ」
「はぁあ?!なんだって?」
いつの間にこいつ、そんなことを。ユリにどうしたって?
「数兄と付き合ってしばらくしてからユリが『家ではあんまり会いたくない』みたいなこと言ってた時期があっただろ?だから数兄たち、よく外でデートしてたよな。あれ、俺の言ったことでユリが警戒したせいだよ」
「おま…!そんなことっ…今さら…!」
「でも、結果的にそのあと数兄たちはうまく行ってたよな?」
「ああ、うまく、いってた…」
そうだ。ユリとは結構うまく行ってたのだ。クリスマスに夜景を観に行ってキスしたりして、至って健全な高校生カップルのお付き合いだった。何もなければ、そのまま俺たちは深い関係にもなってたかも。というか、こいつが家にやって来てあんなことするまで、俺は『ユリともしかして今週セックスできるかも』とか考えてウキウキしていたのに。
「けど、俺が全力で邪魔した。数兄がユリとセックスして…いつか結婚とかしたら絶対イヤだと思った。だから俺、振られる覚悟で…あのとき、もう数兄にはこれで会えなくなっても仕方ない、と思って数兄にあんなことした」
「そっか…」
「でも俺、好きって言わずに諦めようとしたんだよ。数兄はユリが好きなんだからと思って…。けど、数兄は、あのユリが家に来た日、ユリを帰して…俺んとこに来ただろ?」
「…うん」
「だから、調子に乗ったんだ。数兄も俺のこと、好きになってくれたのかも、って。…でもそういうわけでも、なかったのかな、って最近思ってさ…」
「そんなの…」
俺は言葉に詰まる。
「身体だけだったら、そりゃ触られればすぐ反応するし、気持ちいいもんな?俺たちくらいの年の男なんて、みんなそんなもんだよな」
「そー、だけど…」
そうだけど。だからといって。
「だからさ…数兄、選んでよ。付き合うか、もうやめにするか。数兄が『やめる』って言うなら、本当にもう数兄にこんなことしない。あんまり会わないようにするし、また彼女が出来ても、もう邪魔なんてしない。そうだ、ユリとヨリを戻したっていいと思う。ユリ、数兄のこと本当に好きそうだったから、ごめんって、頭を下げればきっと許してくれるよ。…な、数兄。そしたら俺はさ、大学も遠くに行って、顔を合わさないようにするからさ」
「千早…」
「考えてみて。考えて、答えが出たら、返事くれよ。その間、俺、数兄には会わない」
「え?そんな…」
躊躇っていると、千早は俺の上から身体をどけた。
「帰ってもいいよ、数兄。ありがとな」
「ありがとう、って、お前…」
身体を起こすと、千早は覚悟したような顔で俺に微笑みかけた。いつになくその表情は大人びて見えた。
「またな」
「ああ…」
俺は、ノロノロと立ち上がって、ドアを開け、そっと締めた。
選ぶって?別れるか、付き合うかを?
だって、俺たち、兄弟みたいなもんだったろ?いつも一緒にいたじゃないか。
階段を降りて、靴を履き玄関を開けた。5歩も歩けばすぐ自分の家だ。
俺は外から千早の部屋の窓を見上げた。
レースのカーテンが掛かっていて、千早の姿は見えなかった。小学生の頃から何度もここから千早の名前を呼びかけて、遊びに誘った。千早はいつも嬉しそうにすぐ窓を開けてぶんぶんと手を振ってきた。
いつも一緒に楽しいことも悪いこともして笑い合った。
そんな風だったのに、急に答えなんて出せるか?
お前は、平気なのか?もし俺が、お前とはもうこれきりだ、って言っても。
お前とは会わずに、普通の男子高校生に戻って、また彼女を作って、その子と俺がセックスしても平気だってのか?
家に入って、靴を脱いで自分の部屋に上がる。ドアを開けて、ベッドに横たわる。すると、ここからも千早の匂いがした。
くそ、千早め。いろんなとこに自分の匂い付けやがって。こんなの、マーキングじゃないか。
シーツに顔を埋めて、そこに染み込んだ千早の匂いを探した。けど、すぐに自分の匂いに紛れてそれは分からなくなってしまう。この匂いも、失うときが来るんだろうか?
胸がなんだか痛くて、妙に苦いような切ないような気持ちに囚われたけど、いつしかベッドの心地よさに意識が遠のいた。うとうとしている合間に、千早が『数兄、数兄』と呼ぶ声が耳に響いてくる気がして、俺は少しずつ甘い気持ちになって眠りに落ちた。
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