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10話 きっとこれは嫉妬

 それから1時間程が経ち、辰彦は樹を煙草に誘う。  二人が出ていくのを横目で見ると、詩子は絵にこう切り出した。  「日下さん。樹は毎日一人でここに来ているのかしら?」  急に呼び方が変わったことに気づくも、詩子の様子を伺いながら、  「ええ、お一人ですよ。」と絵は応える。もし連れが居たとしても、絵は同じように応えただろう。  「そっか。」含みありげに詩子は言う。  「去年の冬に、樹と別れたの。同じチームだから会社を辞めようとも思ったのだけど、この仕事は好きだから…。時間がかかったけど、同僚としてまたこうやって話せるようになって嬉しい。」  「…そうでしたか。このお話は、詩子さんと僕だけの秘密ですね。」柔和な笑みを称えたまま、なるべく表情を変えないように絵は微笑んで言う。  「実はまだ気持ちがあって、なかなか次に進めないの。辰彦くんも可愛いな、とは思ってるんだけど。ふふ、これも秘密ね。」  やはり女性は逞しいな、と思いながら、畏まりました、と微笑む。詩子のような強さがほんの一ミリでも自分にあれば。樹との関係も何かしら変わっていたのではないかと絵は思う。  樹が初めて画廊を訪れたあの日。 常連の蒐集家を見送るために、絵が僅かに店を外した時だった。店外の小路を歩いていると、長身の男が店にいることを視認し、慌てて戻る。  「Bonjour Monsieur. 」入り口から声をかけると男がこちらを振り返る。瞬間、絵は不思議な感覚を覚える。  世間一般で人好きをする顔立ちではない。しかし187cmの体躯を包み込む誂の良いブラウンのスーツを丁寧に身に纏う、筋肉質なその姿に、絵は電流の走るような心地がした。  この男に近づいてみたい。  この男に触れてみたい。  一眼で恋に落ちたのか、はたまた、最近蒐集家との情事も鳴りを潜めているから単なる欲求不満かもしれない。  自分の気持ちにうまく整理がつけられないまま、気づくと、  「よかったら一杯いかがです。旅の記念に。」 絵は樹をバーカウンターへ誘っていた。    

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