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11話 理想の女性
「Merci!またいらして下さいね。」
詩子と辰彦を軽やかに見送ると、もう一杯飲んでから、と言う樹と店内で2人になる。
きゅっきゅと小気味の良い音を立ててグラスを磨く絵を、酔いの回った表情で樹は見つめる。
「チェイサーでも?」常温のミネラルウォーターをグラスに空け、樹に手渡す。
今日は飲みたい気分だったと言う樹に、お疲れですね、と優しく声をかける。が、先ほどの詩子との会話を思い出し、ふいに意地悪を言いたくなる。
「詩子さんお綺麗な方でしたね。なんというか、キャリアウーマンなんだけど肩肘張ってなくて、ユーモアもあって。樹さん…理想の女性なんじゃないですか?」
「…あぁ、そうだな。」と瞬時に肯定する樹に、思ってもみなかった応えだな、と絵は思う。が、この目の前の男は女性を好む性であることに改めて気付かされる。
「今日は随分素直なんですね。…そんなに好きなんだったら、付き合っちゃえば良いのに。」2人が別れたことを知りながら、絵は樹を試すように呟く。
「そうだな。理想と言えば、そうなんだろうな。仕事は文句無しだし、酒を一緒に飲んでいても居心地は悪く無い。可愛げもある。…だけど、それだけなんだよ。」
呟く樹を見つめるが、真意を図りかね、なんと応えたら良いか絵は思いあぐねる。
「もし…あいつが今抱いてくれと言ったら、据え膳くらいは食うんだろうな。だけど、探究心を掻き立てられないんだ。あいつの表情や反応、投げかけてくる言葉の一つ一つが、すべて俺の想像の範疇に収まる。必然俺も、ガキの頃から何度も何度も使い古した言葉を腹の奥底から取り出して、再利用し続ける。知性もエロスも、何にも感じない。砂を噛んでいるようだ。」
少しの間。切り出したのは絵だった。
「ねえ。僕は樹さんが好きだよ。」
瞬間、驚いた表情を見せる樹に、絵は続ける。
「僕は男色家なんだ。知ってると思うけど。この店の運転資金のために僕自身を買ってもらってる、みたいな言い方をしたけど、あれは半分嘘。僕自身が抱かれたくて堪らない。男にね。」
樹がミネラルウォーターをごくりと喉に落とすのを見つめながら絵は続ける。
「ねえ、樹さんが好き。だけど…樹さんが男だから好き。今この瞬間も抱かれたくて堪らない。だけどね、樹さんじゃなくても、僕を抱いてくれる男なら多分みんな好きなんだ。」
一息に言い切ると絵は樹に顔を近づける。
「ねえ、それでも良ければ…今夜抱いて欲しい。YESなら、樹さんからキスして…?」
何馬鹿なことを言っているんだ、と樹は言った。正確には、言った、と思った。が、樹の口からは何も発されず、代わりにアルコールで熱った舌を思い切り絵のそれに絡ませていた。
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