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※モーテル・ウィズ・エリオット その1
高校生の頃、母の遣いでレダ叔母さんのアパートへ行ったときのことだ。キッチンにはウィンストンを吹かす叔母さんと、隣室に住むケベル夫人が、醒めたコーヒーを前に食卓へついていた。普段彼女らが繰り広げる姦しいお喋りは頭がきんとなるほど。どうか巻き込まれませんようにと、訪問の度の祈りが初めて聞き入れられる。が、静寂というものもまた耳に痛いのだと、エリオットはその日初めて知った。
「どうしたの、世界の終わりみたいな顔して」
自らですら、とても気の利いているとは思えない冗句を放った甥へ、すっと滑らせた視線を張り付けながら、レダ叔母さんはふうっと紫煙を吐き出した。
「何だかとても大変なことが起こったようなのよ」
いつも自分を殴りつけていた亭主のどたまをジャック・ダニエルの瓶で殴り返したケベル夫人が、動かなくなった夫を放置して4時間になる。その事実をエリオットが知ったのは、自身が持ってきたミートパイの一切れをコカコーラで流し込んでからの話だった。幸いケベル氏は救急車で息を吹き返し、若干呂律が回らなくなったものの、数年前に亡くなるまで妻と添い遂げたと聞く。
なるほど、「何だかとても大変なこと」に直面するとはこういう状況なのだと、エリオットは今日また一つ知見を得た。重くゆっくりと気管から肺を焼くウィンストンと違い、今己の喉を通り抜けるのは5杯目のスコッチウイスキー。もう瓶の中身は半分以下に減っていた。今度買い直してやらねば。へたった一人掛け用のカウチへ沈み込み、ベッドの上のゴードンを見ながら考える。
彼だけでなく、暴かれるハリーも喉が渇いていることだろう。甘ったるい喘ぎ声は一度射精して以来憚られることもなく、空調が吹き出すへろへろした黴臭い風を一層濁らせる。せっかく一風呂浴びたのに、生まれたままの体は汗だくになっていた。
オリーブ色の肌が滑るのか、ゴードンは両脇に挟んでいた逞しい市長の脚を一度抱えなおした。流石に全てを晒け出す度胸はないらしく、最低限しか服をくつろげていない。皺くちゃになったワイシャツは、さながら彼の方が狼藉を働かれたかのようだった。
「ほら、しっかりして下さいよ。エルを興奮させたいんでしょう」
「っぁ、あ、んっ!」
揺さぶられる最中唐突に、赤く凝った乳首をぎゅっと抓り上げられ、ハリーは悲鳴を上げた。避妊具を付けたペニスがぐんと角度を増し、ラテックスにまぶされたゼリーがうっすらと割れた分厚い腹筋にぽとぽと滴り落ちる。
涙でけぶっていた鮮やかな緑の瞳が、一瞬こちらへ向けられる。ああ、綺麗だな、と、素直にそう思った。
清く正しい生活を送って来たとは言わない。だが元々性欲が強い訳でもなく、アブノーマルなプレイに興味も薄いとエリオットは自認している。誰かが目の前でファックをしているのを眺めるなんて、生まれて初めてのことだった。
己が当事者にならず、まだ理性を失うことの出来ない頭で眺めるハリーの媚態は、信じられないほど美しい。与えられる刺激の一つ一つへ、その肉体は敏感に反応していた。キスで腰を震わせ、肌を撫で回されれば触れた場所へ電流を通されたかのように筋肉が悶えくねる。
「あ゛、あっ……ゴ、ディ、それ、こわいっ」
今もゴードンに手のひらで腹を強く押されると、上体を起こすような姿勢で必死に身を丸めながら、少しでも圧迫感から逃れようとする。震える指先でシャツを掴まれようが、ゴードンは躊躇わない。掌底の堅いところでぐ、ぐ、と、性毛の生え際から順に上へと、走り抜ける刺激を追うかの如くにじったと思えば、最後は臍下を人差し指と中指でぎゅっと突き込む。
「この辺りが先端ですね」
「や、っ、動かすな、ぁあ」
制止しているのが掘削を続ける腰なのか、それとも肌や筋肉ごと揺するような動きを繰り返す指なのかは分からない。ハリーがべそを掻けば掻くほど、ゴードンは煽り立てる。音が鳴るほど乱暴に、自らの下腹と、相手の尻たぶをぶつけた。
「ぉ、あ゛……」
背を思い切り仰け反らせ、見開かれたハリーの目から、新たな涙がどっと溢れ、顎の輪郭を唾液が伝う。
「全く、戦略官殿はほとほと頑固だ。もっといけますよね」
まだ急激な絶頂の余韻が抜けきれず緊張した肩を、力任せに突き倒してベッドへ沈めると、ゴードンはそう言ってのけた。額の汗を手首で拭いながら、捩られる腰の下に膝を差し込んでしまう。肩と首で自重を支える姿勢は間違いなく酷なものだろうに、ハリーは苦痛以外の理由で大きく胸を喘がせた。
「気持ちよくなりたいんでしょう?」
「う、ぅぅ……」
まるで躾られた犬のようだ。軽く顎でしゃくられただけで、男に縋るのを諦めた手が、そっと己の胸に向かう。充血しすぎて血の色を透けさせる粘膜は、指先でかりりと引っ掻かれたらすぐに裂けてしまいそうだった。
「ふ、っあ、んぅっ」
だがハリーは、態と痛みを感じる方法で自らを苛む。ぴんとなぎ倒す勢いで弾いたり、きゅっと摘んで引っ張ったり。甘く渋みの強い葡萄にチョコレートを混ぜたようなウイスキーを舌で転がし、鑑賞しているエリオットの視線から今更逃れようとでも言わんばかり。固く目を瞑ったまま、皺だらけのシーツへ汚れた頬を擦り付け、額に張り付いていた髪を散らす。
己の上司である市長が恥ずかしい自涜へ耽っているのを満足げに見下ろし、ゴードンが担いだ脚は、今や殆ど天井を向かんばかりだった。あの角度からペニスを奥へ進められたら、もしもハリーの直腸が比較的湾曲していない場合、結腸まで一直線に届く。エリオットは医学的知識に疎かったが、既に繰り返し抱いている身体のことだ。
ゴードンがハリーと何度関係を持ったかは知らないが、彼は学習能力が極めて高い男だった。垂直にねじ込まれ、ぐちゅんと重い粘着質な音がペニスを埋めた腹の中から響いた瞬間、口元を笑みに歪める。「ビンゴ」
「〜〜〜っ……!!」
ハリーは声を出すことも出来ずに硬直している。そのままがつがつ結腸口を叩かれていれば、真っ白になった脳が慌てて動き出し、生存欲求に最も近い指令を飛ばし始めたのだろう。じたばた手足がもがき始めるものだから、そのまま膝が胸へ突くほど身体は折り畳まれ、更なる責めを与えられる。
「ぁ、あっ…! ああ、そこ、いやだっ!……だめだ、もっとっ、ああぁっ」
何となくそんな気はしていたが、ゴードン・ボウのセックスは酷く乱暴だ。
身勝手に己の欲望のみを追いかけている訳ではない。寧ろ最大限に相手の快楽を引き出すよう腐心している。それが受容力を越える程であったとしてもお構いなしに。
他人へ抱かれるハリーについては考えないようにしてきた。だが他人を抱く親友であり部下である──広く浅い交友関係を構築するエリオットにとって、それは希少なレッテルだった──ゴードンの姿は、考えるという前提にすらなかった。
奥さんにもあんな真似を? ならば逃げられて当然だ。スポーツマンを自負する頑丈な肉体の男すら、息も絶え絶えなのに。
まあでも、渋面を浮かべ猛々しげに相手を組み敷く、テストステロン全開の横顔は、確かに悪くない。
ぐったりマットレスに投げ出した腕を、時折びくびく跳ねさせるハリーから上半身を離し、ゴードンはこちらを見遣った。このおかしな時間が持たれてから、初めてのことだった。汗みずくになって、彼は笑っている。勝ち誇りながら、褒められるのを待つという、全く器用な表情で。
褒めてやるのも吝かではない。が、けれど、と思ってしまう。これが男としての矜持の問題なのか、単なる断絶なのか、よく分からない。少し酔った、とエリオットは認めた。
ぐぽ、ぎゅぷ、とグロテスクな音に休みなく体内から犯され、とうとうハリーはがくっと顎を仰け反らせた。半勃ち程の状態に萎えていた性器がびくびくと大きく震え、彼が射精していると知る。胎内で極めたせいか、放出は酷く長い。
「ぅ、ぁあ……あ……」
精巣に残っている分全部を押し出してやるつもりらしい。ゴードンは腰を回すような動きで、更なる快感を上乗せしてやる。そう、結腸の弁のところをああやって捏ねられるのが、ハリーは滅法好きだ。
カウチから腰を上げ、エリオットはベッドへと歩み寄った。空になったグラスをナイトテーブルに乗せ、逆しまの顔を覗き込む。
「ぁ……?」
星屑を散らされて塞がれたようにきらめくエメラルドの瞳が、正体を見極めんと必死に焦点を絞ろうとする。彼が覚醒しきる前に、エリオットは穏やかな微笑を浮かべ、紅潮した耳へそっと囁いた。
「ハリー」
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