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※モーテル・ウィズ・ゴードン その2
効果は覿面だった。
元々エリオットの声は低くまろやかさを帯びた、芳醇なウイスキーを思わせる音色を持っている。優しい喋り口と相まって、疲れている夜中に電話越しで話をしていると、うっかり船を漕いでしまうことすらあった。
「良い子だ、とても良い子」
あの声が耳に注がれたら、絶頂に上り詰めた直後の身体にとって毒にしかならないだろう。
「偉いなあ、ハリーは。頑張って、こんなにも上手にイけたんだもの」
「ぁ……エル……っ」
鋭敏になったハリーの五感が、つい今まで快楽を与えていた己ではなく、一瞬にしてエリオットへ掌握されたのを、ゴードンはその目で見た。汗に濡れた肌がぶわりと粟立ち、涙の粒が絡みつく長い睫が不随意に痙攣する。より身を屈めることで近付いた、スコッチと汗とイヴ・サンローランの清潔な香りの混ざり合った体臭を、赤くなった鼻がすん、と嗅ぎ当てる。途端、震える舌が、とてつもなく美味なものを乗せられたように、じゅわりと粘った糸を引きながら突き出された。
キスを強請られても、エリオットは軽く小首を傾げるだけ。
「今君を抱いているのはゴーディだろう。気持ちよくして貰えて嬉しいね」
「ん、んっ…! うれ、しい……」
「じゃあ」
がくがくと狂ったように頷くハリーの濡れた頬へ、普段は決して乱れない黒髪が一房、真上から垂れ落ちて掠める。
「今度は君が、彼を愉しませないと」
「出来るかい?」と、焼けるような熱を持つ耳朶へ触れるか触れないかの位置で言葉を吹き込まれた時のことだった。
「ぁ…ぁ……」
糸で引かれるように、ハリーの背中が綺麗な湾曲を描く。引きちぎってしまいそうな程強くシーツを握りしめ、彼は胎内に埋め込まれたままの芯を再び味わい始めた。
弛緩していた内臓が、まだ射精させて貰えないペニスへ、きゅう、と絡みつく。激しいまぐわいの際に見せる、圧搾する勢いの強烈な締め付けではない。まるで軟体動物を裂いて中へものを突き入れたかのように、複雑なうねりと頬張るような柔軟性を帯びている。尾てい骨を起点に脊柱へ沿ってぞくぞく快感が這い上がって来る感覚に、ゴードンは思わず食い縛った歯を、つり上がった口角から覗かせた。
己の目に狂いなどあるものか。エル・エリオットは最高の男だ。
「ほら、頑張れ。大丈夫、ゆっくり息を吐いて」
詰められていた息がはふ、と吐き出されれば、肉の襞が幹を這いずり、より奥へと送り込もうとする。先ほどまでは、ぶち破るという表現が相応しかった結腸口もすっかり緩み、敏感な亀頭を抱き竦める。くぷ、と音を立てて雁首を納めきり、息をついたゴードンの頬を、エリオットは甘やかすようにぴたぴたと叩いた。
「あまり無茶はしてやるなよ。幾ら慣れて、化け物並の体力と精力だからって」
「そろそろ交代してくれても良いんだぜ」
「私は今日のところは、オブザーバーになろうかな」
「や……! エル、きみも」
腕は死に物狂いで伸ばされる。辛うじて掴んだ右手を口元へ引き寄せると、ハリーはすらりとした人差し指と中指を口に含んだ。舌を絡め、たっぷり腔内に溜め込んだ唾液をまぶす時は、ぐちゅぐちゅと音を立てて泡立てる。ぴく、とエリオットが眉を跳ねさせたのを、ゴードンも見逃さなかった。
「市長殿のご所望だ」
「少し飲み過ぎたから」
「よく言う」
じっくりと結腸口を抜き差ししてやれば、惜しむように肉の輪が窄まり括れを、不随意に蠢く襞の凹凸が幹の裏筋を擦り立てる。
「ぁ……ぁふ、ぇ、ひ、これ、まずぃ……あ、は……っ」
本人にすら制御できない内臓の動きに、ハリーは息を荒げる。更に酸素を奪おうとでも言うのか、エリオットは無慈悲にも、厚いがよく動く舌を指で挟み、捻ったり擦ったり、薬指で顎裏を擦ったりとちょっかいを一向に止めない。
「可愛いハリー、一人だけでは足りないのかい」
「ん、すま、なぃ、僕……」
「謝らないで。今日は大仕事も成し遂げたし、息抜きしても問題ないさ」
口の中から引き抜き、すっかりふやけた指と、のたうつ身体を重ねるように眺めながら、エリオットは「彼を俯せに、出来るか」と尋ねる。はいはい、と肩を竦め、ゴードンは軽く身を引き、半分ほど埋めた状態で脱力した身体をぐるりと裏返した。前立腺を強く揺すり擦られ、ハリーは悲鳴を上げる。
「あ、あぁっ……!」
酔っているという事は、正常な判断力を失っていると言うことだ。がたがたと全身を震わせながら這い寄ってきたハリーが、スラックスのチャックのつまみを前歯でくわえても、エリオットは止めなかった。
噛み合わせを解し、合わせを鼻梁で掻き分け、深く匂いを嗅いだ時、硬直していた肩から僅かに力が抜ける。
「ん……」
力が入らない上に、身体を支えるために片手でこなされるものだから、指先はベルトの金具やホックを外すのに幾分手間取る。それでも灰色のボクサーショーツに包まれたペニスがまだ緩く兆しているだけだと気付けば、持ち前の闘争心に火がついたのだろう。むしゃぶりつくように幹を唇で挟み、水気の多い舌で濡らす。伸縮性のあるコットンは、あっという間に色を変えた。
「彼の舌使いは絶品だろう」
「だろうと思うよ。あまりやらせたことがないけれど」
「嘘だろ、勿体ない」
「私といる時、彼は甘えたがるんだ」
同じような職務をこなしているが、エリオットと自らでは求められているものが違う。そんなこと、最初から分かりきっていた。
けれど、目の前の男を相手にするハリーの様子が、己に見せる姿とここまで違うとは、ついぞ思いも寄らなかった。
「ぅ……ん、っく」
ゴードンのペニスをしゃぶるときは意気揚々と技巧を凝らし、挑発的な眼差しを投げかけては娼婦のように腰をくねらせてみせる。そして相手が目をぎらつかせ、凶悪な衝動が腹の中で圧を高めていくほど、歓喜で身を震わせるのだ。
それが今は、エリオットの股間を、文字通り腫れ物に触るかの如く扱っている。甘える子猫のしおらしさだった。催眠術にでも掛けられたかの如く、ぼうっとした表情で膨らみを食み、ちゅうちゅうと布越しに先走りを啜っては、「酔いそうだ」なんて呟いたりする。
「無理しなくて良いんだよ」
「平気さ、こんなこと、朝飯前……もうすぐ夕食の時間とか言うなよ」
優しく髪を掻き上げる手のひらへ、ことんと首を傾げて頬を預け、ハリーは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに笑った。
そんな彼を見下ろすエリオットの、聖母マリアじみた微笑に気を取られていたから、下着が引き下ろされた時にぼろりとこぼれたペニスをまじまじ見る機会が無かったのは幸いだった。すぐさまハリーは、五分程まで勃ち上がった芯を口の中へ招き入れる。あむあむと柔く唇を食い込ませて亀頭を顎へ擦り付けたり、舌でくるくる舐め回したり。
食べ物で遊んでいる子供を思わせる、幼い前戯に、エリオットがさほど表情を変えないことは本当に救いだった。
彼とこんな形で繋がりを持つことが、不本意でないと言えば嘘になる。エリオット・ファーマーは、ゴードンが肉欲を含まない形で敬愛出来る、最上級へ極めて近い位置にいる男だ。邪教でも信仰していない限り、神と寝ることは出来ない。
人間が耽る最も俗な行為の最中に相対していれば、何とも不思議な気分になってくる。先ほど叩かれた頬に残る、低い指先の温度を思い出した。
「ふ、ぅ……」
すっかりラリったような顔をしている──何に? 恐らく快楽に。或いは愛情の形をした絞首刑のロープに──ハリーを認め、エリオットは眼下の顎を掴んだ。整えられた髭へ垂れる唾液などお構いなしに、それどころかもっと激しく汚すように、育て上げられたペニスを喉奥へ嵌める。
「ぐ……っあ、あ゛」
緩やかな動きとは言え、深い場所へ詰め込む動きに容赦はない。背後から見る項から背中にかけての肌へ、さっと赤みが走るのは、間違いなく酸欠由来だった。
勿論、市長を腹上死の中でも最も無惨な状況へ追いやる真似はしない。ハリーがふらふらと頭を揺らし始めるタイミングを見計らい、引き抜いては頬裏の肉や顎上、舌の腹に先走りを擦り付けたり、時には鼻先へ突きつけて唇で吸わせたりする。
「えげつないな」
「普段は余りしないが」
まるで恋人のように優しい手つきで顔を撫でるのは、涙を拭ってやっているのだろう。
「少し、お前に煽られた」
仄暗い喜びと、もどかしい苛立ち、湧き上がる2つの感情のうち、どちらを味わえばいいか、ゴードンには分からなかった。
ハリーを良くしてやりたい。少なくともその思いだけは、お互い一致している。
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