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※モーテル・ウィズ・エリオット その2

 酔っているというのは嘘ではない。名残惜しいが、暴発する前に、エリオットは柔らかい口腔から己のペニスを引き抜いた。「ぇ……」閉じられない口から漏れた息の音は、単に肺の空気が封鎖を解かれ、気道から押し上げられただけなのだろう。だがその響きが余りにも切なげだから、勘違いしてしまう。見上げてくる涙の膜を張ったエメラルドの瞳もまた、情欲を助長した。  雄弁な瞳と言えば、腰を揺らして緩慢な刺激を与え続けるゴードンの眼差しも、十分物言いたげだ。 「それじゃあ」  彼もハリーが望むことはとうに理解している。なのにエリオットが溜息混じりにそう口にすれば、広い肩が一瞬硬直した。 「お前、出来そう?」 「な、何だよ」 「ハリーはもう準備万端だ。こんなにも柔らかい」  腕を伸ばして確かめる時、ハリーはひゅうと鋭く息を吸い込んで顔を伏せた。豊満な双丘を指で割り開くと、汗で蒸れた狭間には、ペニスをずっぷりとくわえ込んでひくつくアナルが現れる。必死に収縮しようとすればするほど、窄まりは含んだローションや腸液を溢れさせて縁を濡らす。  指で揉むようにしてぬめりを塗り広げてやるということは、粘膜越しにゴードンのものを刺激すると言うことだ。 「ちょ、やめろって…!」 「は、エル、あんまり、いじめるなよ、っ」  ぺたんと頬をシーツに押しつけ、ハリーが上目を細める。 「ゴーディは、君を尊敬してる。神とファックは出来ないとさ……っ、う!?」  ずん、とすかさず一際奥へ突き入れられたのを皮切りに、ゴードンは掘削を激しくする。 「やられまくって馬鹿になってるでしょう、市長。少しお喋りが過ぎますね!」 「や、ゴ、ディ、待った、あ、あっ、ぁあ……!」  開きっぱなしの口からとろりとした唾液が垂れて、シーツに新たな染みを作る。ぼんやり見下ろしながら、エリオットは茹だったような脳で先程の台詞を反芻していた。 「ああ、ユダヤ教じゃ同性愛は御法度だったな……」  にも関わらず、優秀で忠実な部下は、誠心誠意ハリーをいかせようとしている。今やその表情は、鬼気迫ると言っても良かった。偉いなあ、と呟きながら頭を撫でてやれば、ゴードンは上半身をぶるっと震わせた。 「……あー、くそったれ!」  ずぽん、と音がするほど勢いよくペニスを抜かれ、ハリーは堪らず悲鳴を上げると、その場にべしゃりと崩れ落ちた。 「こうなることを恐れてた……」 「心配するなよ。私達はハリーを気持ちよくさせるだけ。彼にとっちゃ、ディルドと変わらない」 「生憎だが、このディルドはものを考えられるし、基本的には女好きなんだよ」 「基本的には、か。良い言い回しだな」    そのままベッドヘッドへ凭れかかったゴードンは、頑固なことにまだ腕を組み、不服の意を示す。ハリーの面の皮の厚さと言えば見物だった。荒い息を吐きながら、投げ出された彼の脚をよろめき跨ぐ。後ろ手にペニスを掴むと、まだ輪郭の歪んだ半円状に口を開けているアナルへ先端を押しつけた。 「なあ、ゴーディ。今日はキスしてくれないんだな」  鼻先を擦り合わせるエスキモーキスに、根負けしたゴードンが渋々口を開いた瞬間を、ハリーは勿論見逃さない。緩く差し出した舌ごとかぶりつかれるままに、自らの方へと誘導する。ぐち、と粘性の高い唾液の交換が繰り広げられている間に、腰はゆっくり落とされる。 「ふ……あ、んん、っ」  アナルはじりじりと口を開け、蛇のようなペニスを飲み込んでいく。こいつ長いな、と、しげしげ眺めながらエリオットは思った。彼とやると数日は奥が疼く、良くも悪くも、と、以前ハリーが明け透けに評していたのを思い出す。 「あんまり見るなよ、やり辛いだろ」  すっかり蕩け、身を預けてくるハリーの肩越しに、ゴードンが眉を下げる。かく言うゴードン自身こそ、こんな関係になる前から、よくトイレで用を足していると隣の便器を覗き込んで茶化してきたものだ。次からお前と遭遇したら個室を使うかなとエリオットが眉を顰めれば、女みたいなこと言いやがってとけらけら笑う。完全にロッカールームのノリだ。  それがいつの間にか、ここまで来た。彼も成長したと言うのは余りにも酷だ。  割礼された、人に見せても恥ずかしくないペニスを8割方納めきると、ハリーは猫が身を反らせて尻をこちらへ突きつけるような姿勢を取った。左手では処女の如く寄る辺ない仕草でゴードンの胸に縋りつきながらも、右手はぴちっとしたアナルの縁を親指で押し広げ、充血した粘膜を見せつける。注意が十分に引き付けられたと理解するや否や、人差し指の爪先を浅く中へとねじ込んですらみせるのだ。 「ん……」  振り返って肩越しに促されるまま、エリオットはそっとにじり寄り、汗や精液で汚れた逞しい腰を掴んだ。   「くそっ……」 「大丈夫か? ゴーディ」 「平気だ。このままぶちこめ」  己の逸物へ重なりながら滑り込み、押しつけられる他人の性器の感覚に、ゴードンは一度激しく身を震わせた。 「参ったな、具合がいい」 「もう少し深く凭れてくれ。そうすればスムーズにいくし、ハリーへの負担も少ない」 「慣れてございますね、エル・エリオット?」 「まあ、知識がないとは言わないよ」 「女なら穴が2つだから、2本挿しにしてももうちょいアレなんだが、こりゃ余りにも……」  頭上で投げ交わされる繰り言は、お互いの気を紛らわせる為だった。思った以上に、ハリーの中は柔軟だ。 「い゛、ひっ……はっ、あ゛、ぁあ」  背骨が折れそうな程仰け反る余り、肩胛骨が自らの胸元へぶつかる。すっかりトんでしまったハリーの目線は虚空を彷徨い、意志とは無関係に肉体が逃げを打つ。  こうなってしまった以上、もう何をしても無駄なのに。押さえてくれとエリオットが指示を飛ばす前に、察しの良いゴードンは胸を突っぱねようとしたハリーの両手首を掴み、自らの方に引き寄せた。 「あ゛、ゴ、ディ、やめ……ぇ……ひっ…! ちょ、それ、どっちが……だめ、きつい、きつぃっ!!」  角度が変わって、亀頭の括れに固く腫れ上がった前立腺が引っかかる。えらの部分を擦り付けるのが気持ちよくて、何度も繰り返していたら、とうとうハリーは本気で泣き出してしまった。勿論、快感によって。これは明日一日、眼鏡をかけて過ごさせねばならないだろう。 「エル、おい、マジで酔ってるのか」  ゴードンに喚かれ、やわやわ噛んでいたジューシーな肩から慌てて顔を上げる。 「すまない、確かに良すぎるな」  今やくったりと脱力しきり、ひくひく身を震わせるしかないハリー、そして枝垂れかかられながら、抜け目なく彼の尖った乳首を弄っているゴードン、まとめて押さえ込むようベッドボードへ手を突く。見上げるゴードンが、ひゅう、と口笛を吹いた。 「あんたがこんなにエロいなんて思いも寄らなかった」 「お気に召したかい」  口髭を捻るようにして唇を笑み歪ませ、腰を突き上げたのが、肯定の証だ。  ずり、ずりと入れ替わり立ち替わり内臓を擦られ、じくじくと熟み続けていた熱が臨界点を突破したのだろう。ハリーはもはや、自力で絶頂から降りられなくなっていた。 「い゛、ぁ、う、ぐっ、ぉ、ひ、ぃ……」  途切れ途切れの濁った声は、獣じみた音程で放たれる。結腸口を叩かれれば最後の抵抗で頭を乱暴に振るから、エリオットは汗の流れる項に優しく啄み、露わになった耳へ囁いた。 「私達は、君のことを愛してるよ、ハリー」 「あ゛ぁ、あ゛、あぁっ、あーっ」  鼓膜へ絡みつく睦言への反応は強い。ぷしゃりと何かが弾ける音がする。 「やべ、漏らしたかも」 「いや、これは」  痙攣の収まらないハリーの下腹を手探りし、エリオットはさらりとした透明な液体を指先で拭った。 「多分違うな」 「あーくそっ、ハリー、出来ればもう少し締められませんかね……聞いちゃいないか」   タイミングは少々ずれるものの、責め立てる2人が射精するまでにそれほど時間はかからない。逃げるかの如く早々に中から引き抜き、避妊具を外しながら、ゴードンはぼそりと漏らした。 「で、これで禊は済んだな?」  お見事、と内心呟き、エリオットは半ば意識を飛ばしているハリーの体を、シーツで拭ってやった。  己が、そして相手が望まないことを2人がやり遂げ、ハリーはさぞ満足したことだろう。忠誠心を試された事に不快感を持ってはいけない。それだけの仕打ちを、彼にしてしまったのだから。  可哀相なハリー・ハーロウ。信じてくれと訴えながら、自身はすぐに他人を信じられなくなる。政治家としてはそれが正しいのかもしれないが。 「永遠に執行猶予だよ。ずっと愛してやらなきゃ」 「厄介な男だな」  満更でもない顔でぼやきながら、ゴードンはスコッチの瓶を取り上げ、直接口を付けて飲み下した。

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