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素敵な笑顔の写真を撮って貰うには
「今後のことを考えたら、やっぱり環境保護局に特定外来生物へ指定させて、駆除するのがいいと思うんだけど」
「それは絶対にやめろって当の保護局から言われただろうが」
「蛇か鷹か天敵を放つ、近くに化学関連企業かゴミの廃棄場を誘致する、モーへ木登りさせて片っ端から巣を壊して回る」
「よくもまあ、そこまで邪悪な発想を次々捻り出せるもんだと、俺は今滅茶苦茶感心してるよ、ヴェラ」
ベビーモニターは既に取り外してある。だが今この市長オフィスで交わされている会話を盗聴されていたら、間違いなく『イーリング・クロニクル』が弾劾キャンペーンを張り始めるだろう。夏が近づき己へスターバックスのフラペチーノを許したヴェラスコは、わざとずるずる音を立ててクリームを啜る。口説かれている女の子ならばうっとり見つめ返してしまうのだろう、大きな瞳が放つ上目遣いも、当たり前だがゴードンには通用しない。
「取り敢えず、自然公園と遊園地の間に駐車場を挟んだから、認可は降りるんだ。次のことは、新しい苦情が来てから考えりゃいい」
「緑溢れるテーマパークって言うのが売りだったのに」
「もうあんな面倒事にしかならない自然公園なんてうんざりだ。焼き払え、燃やし尽くせ」
執務室から出てきたハリーが、投げやりに言い捨てる。
午前中は外回りに費やし、シャツがくったり肩へ張り付くほどの汗を乾かしている最中の部下達と違い、着替えたばかりの彼はAプラスと書き込んでやりたい程完璧だった。遊び心のあるライトブルーのストライプシャツに臙脂色のネクタイへ比して、スーツはお利口に濃い目のネイビー、全てブルックス・ブラザーズ。
この季節に暑苦しくないかとゴードンは一応提言したのだが、すぐさま「若々しさと力強さを演出するにはこれが一番さ。JFKも好んでいた色だ」とエリオットに力説された。まあ彼のセンスならば間違いないので、早々に意見を引っ込めたゴードンの横であの時ぽそりと呟いたのも、確かヴェラスコだったはず。「好色な所も大統領に肖る?」
「知ってるか、雀はフランスだと『羽根の生えたネズミ』と呼ばれて、立派な害獣なんだぞ」
「市長、確か『愛の讃歌』お好きじゃありませんでしたっけ」
ヴェラスコの揶揄は軽口として叩かれるのではなく、顔はつんけんした態度で背けられる。切り捨てるような物言いへ、ハリーは言い返すことなく、決まり悪げに口を噤むだけだった。
何か諍いごとでもあったのか、ここのところ市長と広報官の仲はどこかしっくり行っていない。そういうところがケツが青いって言うんだよな、2人共。考えながらゴードンは、さっと目の前を横切った、はち切れそうなスラックス越しの尻を眺めていた。
「カメラマンは」
「今エルが応対してます。良ければすぐにでも執務室に入れますよ」
「もう少しだけ。今モーが片付けてくれてる」
「心配だなあ」
執務室へ向かう時も、意図的に視線を合わせないようにしているのだから重症だ。
手助けなんかしてやらない。折れるならヴェラスコだ。それが誰かを担ぎ上げると言うことなのだから。弁護士としてそれなりに権謀術数を操っていた筈なのに、頑固さの使い所を間違っているのは困りものだった。
いや、甘えどころと言うべきか。みんなでよってたかって可愛がり過ぎたツケかも知れない。
最後の仕上げ、櫛で髪を撫で付けながら、ハリーはしばらくの間、部屋でモーに檄を飛ばす広報官を横目で窺っていた。全くよろしくない。咳払いで注意を惹きつけ、ゴードンは鏡越しのハリーに話しかけた。
「こんな田舎の都市の市長が、『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』のフロントページに載るんですから。大した躍進だ。州知事へまた一歩近づきましたね」
「君とエルが編集局へストーカー並に掛け合ってくれたのは有難いと思ってるが、礼は言わないぞ」
「言わずとも結構。これはあんたが自分の力で掴んだ栄光ですよ」
任期の折り返し地点を視野に入れ始めなければならない現時点で、ハリーは猛然と政策を推し進めている。
秋には高速鉄道の開通に向けて駅のリニューアルも完成するし、テーマパークの造園も完全に軌道へ乗った。CDVID-19に関する社会的弱者への福祉とホームレス対策も評価が良い。先週見た人口統計表によると、子育て世代に対する税対策で、ファミリー世帯の割合も右肩上がりを続けている。
「とは言うものの、今回はライフスタイル欄だからな」
「若くてハンサムなゲイの市長ですから、女性経営者が目の色を変えて押し寄せてくるかもしれませんよ」
「いっそエスコート・サービスでも始めるかな。昔からゲイの金持ちは、既婚未婚の有閑マダムと一緒にパーティーや観劇に行くことを秘伝の社交術にしていたんだ」
大仰な仕草で天井を仰ぐハリーに、「歪んでますよ」と喉を指さしたものの、鏡があるのにどれだけ調整しても右斜め曲がり。結局ゴードンは立ち上がり、市長の首からネクタイを解き抜いた。
「エスコートと言えば、明後日の州森林火災基金のチャリティ、お一人で行かれるので?」
「うーん」
「知人のあてがあるなら、出来れば異性が良いんですけどね。同伴された方がいいですよ。それが嫌なら、忠犬の秘書なり、怒りん坊の広報官なり」
するすると作られるのは男らしくウィンザーノット。シャツ越しにシルクが擦れる感触が擽ったいのか、ハリーは微かに肩を逸らした。
そう言えば、やる時彼はいつも、自分で服を脱ぐ。悶えたように感覚を逃す仕草も、こうして至近距離で眺めれば艶美だ、と言えなくもない。
俺もすっかりヤキが回ったもんだ。自嘲の嘆息をハリーもまた、官能的なものだと勘違いしたらしい。ふふっと楽しそうに笑って、目を覗き込んでくる。
「モーをああ言う場へ連れていくのは退屈だな。つい最近までキース・ヘリングをポンチキのチェーン店と勘違いしてた位だから。ヴェラは嫌だ」
「直球ですね。喧嘩ですか」
「さあね。拗ねてるだけだろう、可愛いものさ」
更なる追求を躱すように、喉元から離れていこうとするゴードンの手の甲を、指先がするりと撫でる。
「エルはその日、ブレイク・エンタープライズの連中へ会いにフロリダだな……君は?」
「チャリティには興味がないんで」
「美味いものを食えるし、噂じゃゲスト競売人でドワイト・ヨーカムが登壇するって話だぞ」
「そんな高校生を誘うんじゃあるまいし」
「馬鹿言え、カントリーなんかティーンが聴くもんか……テイラー・スウィフトはもうポップシンガー扱いだろ?」
思わず笑ってしまった時には、すでに半分近く絆されている。スラックスのポケットでスマートフォンが振動しなければ、そのまま首を縦に振っていたかも知れない。
『そろそろカメラマンを通すぞ。さっきからどれだけハリーの人間的資質とコンセプトについてプレゼンしても、全く話を聞いてくれなくて辟易している』
「珍しくエルが助けを求めてます。そろそろ始めましょう、パーティーにはヤンファン議員でも誘って下さい」
「そうだ。彼女、確かジョシュ・ターナーとなら寝てもいいとか昔言ってたな」
「おい、3分以内にそこから出てこないと、ベルトでケツをひっぱたくぞ!」
ゴードンのがなり立てに、執務室から出てきたヴェラスコは相変わらず膨れっ面。付き従うモーへ「それ、君のロッカーにでも放り込んじゃえよ」と偉そうに顎で示す。すっかり疲れ果てたのだろう。一抱えあるバインダーや書類、その他の装飾品は、額面通りの扱いを受ける。
幸い、エリオットに率いられた撮影スタッフは、内部崩落を防ぐ為、金属の扉がばたんと閉められた5秒後にオフィスへ到着した。
「こちらが市長です。市長、彼はブラーエ氏」
「やあ、どうも。『ヴォーグ』の専属をされていたとか。ナオミ・キャンベルとまでは行きませんが、宜しく頼みますよ」
にこやかに握手するハリーを眺めながら、ゴードンは隣に立つエリオットを肘でつついた。
「NGはトップレスからだったよな?」
「大丈夫、自分の息子位の年齢の愛人を囲ってるらしい。さっき散々惚気を聞かされた」
「キモいな」
てきぱきと執務室へ器具を設置していくスタッフ達を眺めながら、ハリーは深く腰掛けた椅子の中で、悠然と脚を組んだ。
「インタビュアーが来るまでに撮影を終わらせた方が良いな」
「分かりました……そんな張り切らずとも大丈夫ですよ、市長。それじゃエマニエル夫人だ」
ニコンを構えたカメラマンが苦笑いを溢す。
「エマニエル夫人?」
「インテリ気取ってるならフランス映画位観ろよ」
眉を顰めるヴェラスコと、吐き捨てたゴードンを交互に眺め、エリオットは抑揚も薄く呟いた。
「ジェネレーション・ギャップは恐ろしいな」
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