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第3話

暖かい日差しで目を覚ます。痛っ、腰に痛みを感じて意識がはっきりしてくる。全身がだるいし、なんだかベタついて気持ちが悪い。少し動くと、自分が裸であることに気が付いた。 「おはようございます」 視界にさわやかな笑顔が映ると、最悪だ、とごちる。 「シャワー浴びますか?」 「当り前だ」 重い体を引きずるようにしてシャワーを浴びる。それでも暖かいお湯でさっぱりして、少しは楽になった。 体を拭きながら、鏡を見て絶句する。あいつの跡が体中についている。とりあえず、服から出るところにはつけない理性はあったらしい。 はぁ、ため息すらむなしい。なんだか、もう全てがどうにもならないような気がしてきた。置いてあった下着に手をのばして、あれ?と思う。新しい下着と服だ。 「俺のだよな?」 下着を何度も見るが、自分のだった。なんでここに新しい下着があるんだ?あいつ・・・まさか。 「おまえ!」 脱衣所から首を出して怒鳴りつけると、相変わらず幸せオーラ全開の音橋がのこのことやってきた。 「どうしました?あ、先生、まだ裸じゃないですか。俺に拭いてほしいんですか?」 「なんで俺の新しい服がここにあるんだ?おまえ、俺の家に勝手に入ったのか?」 「はい。カードキーが財布の中にあるの知ってましたし、昨日の服をまた着るの嫌だと思って。あ、それと、寝間着も一着もってきました。泊まる時にいると思って」 もう驚くことはないと思っていたが、ここまでやるのか・・・。絶句とはまさにこのことだ。 「朝食はコーヒーとトーストでよかったですか?先生、早く食べないと、遅刻しちゃいますよ。あ、俺のバイクに乗ってきます?そっちの方が早いですし」 「乗るか、バカ」 時計の針は8時を指している。確かに時間がない。それ以上文句を言う時間はなく、急いで朝食をすまし、音橋の家を後にした。 🔷 今日こそはあいつから逃げてやる。何事もなかったかのように講義をこなし、ゼミをこなし、仕事をこなす。 ゼミ室では、あいつが資料室に来るたびにビクッとしてしまったが、今日は学部生もいたせいか、今のところ動きはない。 夕方六時前、片付けをしつつ帰宅の準備をする。 「先生」 「な・・・なに?」 「今日はサーモンのムニエルにしようと思って。たまには魚も食べないと。先生お肉ばっかり食べてそうだし。準備できたらメールしますから、家に来てくださいね」 「えっと・・・」 「ね?」 怖い、最後の「ね」がなんだかいろんな意味が含まれているみたいで怖い。 でも、まてよ、メールするということは、俺は一度家に帰れるということだ。なら、もう家からでなければいい。 こいつの家にいかなければ、今日こそは自分のベッドで寝れるはすだ。 「俺、先に帰ります。メールちゃんと気づいてくださいね」 「わ・・・わかった」 俺の返事に満足したのか、音橋はすんなりと帰っていった。 🔷 警戒しながら帰宅し、ついに家にたどり着くと、一気に肩の力がぬける。 自由だ!自分の家に帰れることが、こんなにも嬉しいことだとは知らなかった。 誰もいない部屋。静かな空間。昨日は帰ることが許されなかった我が家。 昨日あれほどしたから、さすがに満足して油断したのかもしれない。 それとも俺が夕飯目当てにのこのこと家まで行くと思っているんだろうか。 そう思っているならバカだ。まあ、その辺まだ子供だということだろう。8歳も年下だし。 シャワーを浴びて、缶ビールを開ける。 うまい。んー何を食べようか。菓子箱をあさるとポテトチップスがあった。今日はこれでいいか。 ポテトチップスに手を伸ばすと、スマホが鳴った。 そういえばさっき、音橋からメールが来ていた。夕飯ができたのに、俺がこないから電話をかけてきているんだろう。 まあ、無視だ。勢いよくポテトチップスの袋を開ける。 一枚ほおばってなんともなしに正面に目を向けると、棚に置いてあったワインのボトルが目に留まる。 白ワインにサーモンのムニエルはうまそうだな。なんて無意識に考えてはっとする。 いけない。昨日のローストビーフがあまりにおいしくて、「夕飯だけならいいのに」とか考えている自分が怖い。 性欲と食欲を支配されるとは、なんと恐ろしいことだろうか。 ピンポーン 「う・・・」 家まで来たらしい。だが、これも無視すればいいことだ。 ドンドン ドアが叩かれる。 ピ、ガチャ え?ガチャ?ガチャって音がした? 「先生、夕飯冷めちゃうじゃないですか」 「な、なんでおまえ入ってきてるんだ?」 ズカズカと上がり込んでくる音橋の姿に恐怖を覚える。 「ん?その鍵、どうした?あ、おまえ!この間家に入った時に盗んだのか」 「はい。スペアキーお借りしてあります。先生、素直じゃないから」 「いや、おまえ、ダメだろ。犯罪だろ、それ」 「あ、お菓子食べてる。夕飯これで済まそうと思ってましたね?ダメですよ。こんなんじゃ体壊しますよ。まだ若いからいいかもしれませんけど。はい、うちで食べましょうね」 「ちょ、まって、ひっぱるな」 いつもより強い力で引っ張られる。怒ってる。こいつ、怒ってる。だめだ、もう、俺は終わった。 🔷 「おいしいですか?」 「うまいよ。ワインも」 もう逃げる方法を思い描くことができず、サーモンのムニエルをむすっとしたままほおばる。 「そんなに嫌ですか?俺のこと」 やめてくれ、その、捨てられた子犬みたいな目。 「でも、昨日、後半は合意の上でしたよね?先生、俺にしがみついてきたじゃないですか。気持ちよさそうだったし」 「うるさい。おまえに当てられて、頭がおかしくなっただけだ」 「今日はもう少し優しくできると思いますから」 「もういいから、お前も食べろ」 「はい」 昨日と同じく、食事の片づけが終わると、ベッドへ連れていかれ、押し倒された。 「ん・・・・」 キスが長い。 「先生・・・好きです。んっ・・・・」 なんども濃厚なキスが繰り返される。確かに、昨日のようにがっついてはいない。 いないけど、エロイ。音橋が俺を味わって、ゆっくりしているのが、なんともいえないエロさだ。 それに、じらされて体が熱い。大きな手が太ももまであがってくるが、それ以上は近づいてこない。近づいては離れて、また近づいて、そして離れていく手がじれったい。 「あ・・・・あぁ・・・・はやく・・・・終わりに・・・・」 「ダメですよ。ああ、そんな顔しないでください、我慢できなくなる。ああ、ねだってる表情、可愛いです」 「あ・・・・んっ・・・はやく・・・」 「ね、先生。蒼(あお)って呼んでもいいですか?」 「ん?何?あっ・・・そこ・・・やっ・・・・ん・・・・」 「仕事している先生のこと、尊敬してます。講義中もかっこいいし。でも、ベッドの中だと先生って感じしないんです。こんなに可愛くて、俺に愛されてて。俺をねだってる。だから、二人だけの時は蒼って呼びたいです。いいですか?」 「何言って・・・あ・・・あっ・・・やめ・・・・んん・・・・」 「ね?いいですか?」 「好きにしていいから・・・・ん・・・・はやく・・・・おわらせて・・・・」 「はい。じゃ、俺のことも要(かなめ)って呼んでください。ほら、蒼、かなめ、です」 「あぁ!」 やっときた快感に思わず声がもれる。全身が震える。熱い。でも、足りない。もっと、もっと、奥へ。 「蒼、呼んで、かなめ、です。呼ばれたら、もっと奥まで行きますから」 「は・・・あぁ・・・・か・・・かなめ」 「はい。よくできました」 「あ・・あぁ!」 奥まで勢いよくつかれて体が思わずのけぞる。こんな快感、今まで知らなった。もう、戻れない。知らなかった頃には戻れない。そんな予感を感じつつ、俺は快楽の最後へ向かった。 はぁ。深く呼吸する。今日は意識がある。シャワーの音がする。布団ってこんなに暖かかっただろうか。あいつの匂いがする。喉がかわいたな。 起き上がってリビングへいく。冷蔵庫を開けて缶ビールを飲む。 家に帰ることもできたが、なんだかそれもめんどくさくなってきた。 そもそもスペアキーを持っているやつから逃げるなんて無理だろう。 それに、よく考えてみたら、必死に逃げる必要もない気がする。うまい夕飯が食べられるし、襲われたとして何が問題だろうか。最初はびっくりしたが、生理的に受け入れられないというわけではない。明らかにない。 先ほどの自分の醜態を思い出すと、うならずにはいられないが・・・ 「蒼、いてくれたんですね。もしかしたら帰っちゃったかなと思ったんですけど。嬉しいです」 そういって後ろから抱きしめてくる要の体温を感じる。こいつの熱は俺が好きな初夏の陽だまりに似ている。少し心地いいと思ってしまう自分にげんなりする。 「めんどくさい、てか、要、熱い、離れろ」 「すいません」 「何にやついてるんだ?」 「いや、名前、ちゃんと呼んでくれてると思って」 「おまえが呼べっていったんだろ」 「はい。蒼、好きです」 「わかったから、ドライヤーかけてこい。風邪ひくぞ」 「はい。それ飲んだら、一緒に寝ましょうね」 「え?・・・もう・・・しないよね?」 「はい。あ。たぶん」 「たぶんって言うな。怖いわ」 あぁ、どうしてこうなったんだろう・・・

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