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第6話
「古今東西イケメン教授の旅、第二回目は上岡大学の月島助教授と音橋君のペアです!」
カメラに向かって女性アナウンサーが元気よく第一声をあげた。
「改めましてよろしくお願いします」
「「お願いします」」
「えー月島助教授の専攻は自然と人の歴史ということですね。こちらはいったいどういった分野なんでしょうか?」
「人と野山との関係というとわかりやすいでしょうか。田畑とは別の、人間と自然との関わりについて研究しています。なので、生物学部ではありますが、人類学なんかも含めて相対的に取り組んでいます。まあそちらは独特の分野なので、講義自体はバイオテクノロジーを担当しています」
「バイオテクノロジー、ゲノム編集という技術を使って企業との品種改良もしてらっしゃるそうで、蜜菜という新種の菜の花が、日本ではあまり知られていないのですが、チアパムという南アフリカの国で貧しい暮らしをしている子供たちの栄養源になっているそうです」
「聞いたことありますよ、一つの国の平均寿命があがったって、新聞で読みました。こんなにお若い先生だとは思ってなかったです」
スタジオからのコメントが聞こえてくる。
「そして、音橋君は、月島ゼミの初めての院生ということで、お二人とても仲が良いと、口コミでたくさん生徒さんたちからあがっています」
「食堂でのやり取りの動画が大人気ですよね」
スタジオでその動画が流れたのか、盛り上がっている声が聞こえる。
「月島ゼミの院生はまだ俺一人だけなので、手厚くご指導していただいております」
「音橋君、さわやかな笑顔です~、癒されますね。なんというのでしょうか、月島先生のクールな感じと音橋君のあったかい感じがすごくいいコンビです。みなさん萌えてますか?では、こちらのお二人に、今日は大学構内の施設を紹介していただきたいと思います」
「はい、では、まずは円形野外場へご案内します」
要がアナウンサーを連れて構内の施設を説明しながら歩いていくのに付いていく。
まったく、なんでこんな仕事をしなくちゃいけないんだ。
昨今何がはやるかわからない時代だ。SNSの台頭によって一般人が有名人になることもある。教授は立場上顔出しNGな人間なんていないし、大学側も知名度をあげて学生を募りたい。
イケメン教授人気に目をつけたテレビ局と大学の思惑はすこぶる一致したということだろう。
「ここは、子供のころからよく見るあぜ道で育つ植物が多いんです。カラスノエンドウやオオイヌノフグリなんかは、みなさんご存じなんじゃないですか?」
「あーはい、だれもが知っているけど、名前が浮かばない植物たちですね」
「ハルジオンも時々咲きますよ」
ふむ、よく見てるんだな、あいつ。まあ、俺のゼミの生徒だし、成績もいいしな。
院まで行く人間はやっぱり分野に対する興味が深いんだろう。
お、タンポポだ。綿毛をそっと持って、ふーっと拭くと、きれいに全部飛んでいった。
「ほら、あんな感じで、月島先生は時々少年みたいになるんですよ。可愛いですよね」
「月島先生、たくさん綿毛飛びましたね~」
「う・・・・・」
撮られていたとは気づかなかった。
「あ、先生、こっちにもありましたよ」
「もういい、早く次へ行けよ。俺は研究室に戻りたいんだ」
「仕方ない人ですね。学部長命令ですよ。もっと大学のPRに協力してください」
「おい、手をつなぐな。俺は一人で歩ける」
「ファンサービスも大切ですよね」
「それはもう、みなさん喜んでますよ~」
「離せっ」
「あとは畑で終わりですから、ね、辛抱してください」
手をつないだまま引きずられるようにして畑へ移動する。白衣を着た男二人が手をつないでる絵面って需要あるのか?
撮影を見に来ている学生たちから、黄色い声援が送られている。需要はあるらしい。世の中理解の及ばないことはあるものだ。
そもそも、こいつの存在が理解に及んでないか。前をズカズカ歩いていく要をみる。
広い背中はたくましい。でも、結構すべすべしてるんだよな、と考えて赤面する。俺は何を考えているんだ。
「こちらがうちの大学の自慢の畑です。ここを主に使っているのは農学部の学生たちなんですけど、理学部も一部使わせてもらってます。あ、こちらは、管理人の林さんです」
「いらっしゃい、おまちしてましたよ。すいませんね、私はイケメンじゃないんですが、音橋君のフォローをお願いされましたので、ご一緒させていただきます」
「よろしくお願いします。珍しいものを育てていると伺ってるんですが・・・」
畑に来たのは久しぶりだ。学生の時は毎日のように通って林さんを手伝ったものだ。
少し荒れたか?学生たちが野菜などを育てているエリアはきれいに整備されているが、それ以外のフリースペースは土が固くなっているように見えた。
林さんも年をとったからなあ、時間があるときにまた、少し手伝いにくるか。
あ、あれ・・・まずいな。畑とその向こうの林の境界線にある木に近づく。非常に珍しい自生の藤のツタが絡まった木だ。
もう見ごろは終わってしまったが、今年も美しく花をぶら下げていた木だ。木が枯れ始めている。寿命だろうか。
来年は藤の花が見られるかわからないな。触ってみると、ボロボロと木の皮が砕けてしまった。枝も弱っている。大雨でもふったら、藤ごと落ちてしまいそうだ。
「蒼、どうしました?」
「ああ、この木、もうダメだな。自生の藤がついてるんだ。これ好きだったんだけど」
「・・・。あ、呼ばれてます。後は、バイバイして終わりみたいですよ」
「そうか、じゃあ、とっとと片付けよう」
「みなさん、上岡大学の魅力、発見できましたでしょうか?夏休みに、オープンスクールイベントを予定しているそうです」
「はい。俺もお手伝いする予定です。構内に森や畑がある大学はなかなかないと思います。自然を感じながら学業に励みたい方たちにはぴったりな大学だと思います。みなさん、上岡大学をよろしくお願いします。あ、ほら、月島先生も」
「えっと、よろしくお願いします」
「では、スタジオにお返しします~」
「さようなら~」
「ちょ、おまえ、離せ」
「きゃ~背中からぎゅっとして、手をつないでのバイバイ、最高です!月島助教授、音橋君、ありがとうございました」
🔷
「お、終わったか?お疲れ様」
遠くから様子をみていたらしい学部長が近寄ってくる。
「かんべんしてくださいよ」
あからさまに嫌な顔をしてみるが、微塵も効いていない。
「まあ、そう言うなよ。テレビ放送は夏休み前だそうだ。オープンスクールは賑わいそうだな。音橋君、ありがとうね」
「はい。お役に立ててよかったです」
「おまえ、やりすぎじゃないのか?手をつないだり、抱きしめたり」
「大丈夫ですって。これくらいやらないと、他の大学に負けちゃいますよ」
「何を競ってるんだか・・・・」
研究とはまったく関係ない仕事をさせられて心底うんざりだったが、要は一日楽しそうだった。
さわやかな要の笑顔が、暑い台地と青空によく映える。本当に、俺の冷え切った心を溶かしてしまいそうだ。
前だったら、取材なんて絶対嫌だったし、微塵も楽しいなんて思わなかっただろうに、不思議なものだ。
要が笑っていると、なんとなくほっとして、俺も少しは機嫌がよくなる。
こんなこと初めてだ。他人になんて興味がない俺が。惹かれているんだろうか。
このむちゃくちゃな、真夏のような熱を帯びた、俺を包み込む大きな腕をもつ、この男に・・・・
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