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第10話

「はぁ・・・・えーと、講義を受講していない方は出て行ってくださいね。講義始めますから」 いつも通り講義を始めるが、ざわつきがおさまらない。 しばらくすると総務の人が野次馬を整理し始めた。 イケメン教授特集がテレビで放映されてから、こんな状態が続いている。見に来ているのは俺の存在をテレビで知った他の学部の生徒達だろう。正直テレビの影響がこんなに大きいものなのかと驚きを隠せない。やっぱりでなければよかった。 もううんざりだ。視線も、ささやきも・・・・ 「わ~テレビよりもかっこいい」「美人すぎる」 「みてみて、二人で歩いてるよ!」「本当に仲いいのかな?」 「私は音橋先輩が好きだな」「えー私は月島先生派」 最近とあることで、機嫌の悪い要の機嫌を取るべく、久しぶりに一緒に学食へ来たのが間違いだった。要と二人セットでいることで、学生たちからの囁きと黄色い声が後をたたない。 「おまえ・・・いいかげん機嫌なおせよ」 せっかく一緒に来ているのに、まだ膨れている要にいいかげん腹が立つ。 「じゃあ聞きますけど、昨日は誰と一緒に昼ごはん食べたんですか?」 「それは・・・黒川さんだけど、仕方ないだろ、畑を案内するついでに食堂とか他の施設も案内してほしいって頼まれたから」 「そんなの、緑川(みどりかわ)教授がやることでしょう?」 「そうなんだけど・・・・客員教授として講義持つの後期からで、今は見学に来てるだけだし・・・黒川さんが俺に声かけるから・・・」 黒川諸、俺が好きな画家だ。植物しか書かない画家で、その抽象的な画風が俺の知っている草花とは違ってなんとなく魅了されるものがある。 絵を買ってから、ときどき個展や新作のメールを本人から直接もらう関係になったのだが、まさかうちの大学に客員教授としてくることになるとは思わなかった。 画家の一面しか知らなかったが、黒川諸は、草木染(くさきぞめ)の大問屋の子息らしく、染めの技術の方が絵よりも有名らしかった。 緑川教授は理工学部の教授で、植物からとれる染料の研究をしている女性だ。その伝手で黒川諸は呼ばれたのだった。だから、黒川諸が身をよせるのは本来緑川教授で、確かに俺ではない。 しかし、黒川諸はどうやら女性が苦手らしく、緑川教授とはあまり親しくなりたくはないそうで、講義に関すること以外は俺のところへやってくるようになってしまった。 「わかってますか?あいつ、蒼に気があるんですよ」 「思い込みだろ・・・確かに女性が苦手みたいだけど。てか、名前で呼ぶな。ここ学校だぞ?」 「黒川さんが来てるときは、蒼から離れないようにします」 「何言ってるんだ?他の教授の授業もあるだろ」 「それは仕方ないですけど、他の時間は一緒にいます」 「やめろよ。ただでさえテレビの影響で、二人でいるといろいろ言われるんだから」 「あ、そいうえば、その件で学部長に呼ばれてるんでした。昼終わったら一緒にいかないと」 「はぁ・・・なんか、嫌な予感しかしないな」 🔷 その嫌な予感は的中した。なんとか要の機嫌をとりつつ昼食を終え、学部長の部屋へ行くと、さらなる悲劇が待っていた。 「絶対嫌ですよ。なんで俺が天気予報しなくちゃいけないんですか?」 「それがさ、ほら、この間の放送、大人気だろ?それで、こんどは生放送で、天気予報にでてほしいってオファーがあったんだよ。来週ならお前まだ国内にいるし、ちょうどいいしな」 「嫌です」 「天気予報と絡めて、今日のおすすめの植物なんてのも紹介するんだ、お前に関係ないってわけでもないだろう?それに、大学のためでもある。この少子化の時代、学生集めは必須なんだよ。」 「それ、学部長の仕事じゃないですよね?」 「そうなんだけど、頼まれちゃってさ。広報の人に、月島先生怖いから、俺から言ってほしいんだって。おまえの人づきあいの悪さが俺に迷惑かけてんの。わかるか?」 「そんなの知りませんよ」 「まったく、融通のきかないやつだな。もういいよ、お前は。後は音橋君に任せるから」 「俺はでませんからね」 不愉快だというオーラを全身から出して学部長室を後にする。 要には悪いが、メディアに出るのは金輪際ごめんだ。 要は愛想がいいし、テレビ出演は嫌いじゃないみたいだから、任せていいだろう。 要を学部長室に置き去りにして研究室へ戻る。スマホをポケットから取り出すと新着メッセージが届いていた。黒川諸からだ。 「はぁ・・・」 昨日、黒川諸と個人的な連絡先を交換してしまった。今まではパソコンメールでのやり取りのみで、画家と顧客という関係を超えていなかったのだが、さすがにもう少し仲が進んだと言わざるを得ない。 俺は一向にかまわないのだが、この事実をしったら要はどんな仕打ちをしてくるだろうか・・・。 どうして黒川諸にあそこまでつっかかるのか・・・。 「こっちもなぁ・・・」 パソコンのメールをチェックすると、夏のチアパム視察の件で「Mituna WW NPO法人」から連絡がきていた。蜜菜を共同開発した(株)丸金(まるがね)が作ったNPO法人で、俺の活動を支援してくれている。 実はチアパムの隣国アグーラからもオファーがあり、今回のチアパム視察に合わせてアグーラの企業と会談することになった。 そのため、二週間だった旅程が三週間に伸びた。このことも要に話さなくてはならない。夏の視察の話をすると、要の表情は暗くなる。それでさえ憂鬱なのに旅程が伸びるなんて話したら・・・どうなるんだろう? 監禁とかはさすがにないと思うが・・・ちょっと怖い。 🔷 その日の夜。 「天気予報、でるのか?」 「はい、断れませんしね」 夕飯を食べつつ、要の機嫌をうかがう。なんとかチアパムの視察の旅程が伸びた話をしなくては。 「どうしました?今日は俺の顔よくみますね。惚れましたか?」 「別に・・・えっと・・・」 「まぁ、蒼は俺に言わないといけないこと、ありますもんね」 「え?何?知ってるのか?チアパムの視察が伸びたこと」 「なんで俺が知らないと思うんですか?」 「いや、だって、まだ話してないし。あー学部長か?」 「いえ、学部長からは何も聞いてませんよ」 「え・・・じゃあなんで?」 「それよりも、他にもありますよね?言わなくちゃいけないこと」 「他って・・・・」 「俺に言いづらいことですよ」 「言いづらいことなんて・・・・」 ある。黒川諸のことだ。 でも、そんなの黙っていればいいわけだし。 まさかスマホ見られてる?いや、ロックを解除しなければ扱えないだろうし・・・・。 「ないよ、他には」 「はぁ?」 え・・・なんで?なんで怒るの?やばい、こっちきた。捕まる。 逃げようとした俺を要が後ろから抱き留める。腕をほどこうとしてもびくともしない。こいつの力をなんとかしてほしい。 「まだ分かってないんですね。俺がどれほど蒼が好きなのか。こんなに毎日わからせているのに」 「ちょ・・・やめろ・・・ぬがすな」 「言ったはずです。黒川諸はダメだって。なのに、何でメッセージのやり取りなんかしてるんですか?」 「やぁ・・・ああ・・・・なんでって・・・はぁはぁ・・・・指、入れるな」 「ほら、みて、毎日してるから、すぐにほぐれるんです」 「ひゃぁ・・・ああん・・・おまえ・・・なんで・・・知って・・・」 「なんで?なんではこっちのセリフですよ。どうして俺が、蒼のスマホを見ないと思ってるんですか?」 「え?・・・でも、パスワードが・・・」 「どうして俺が、蒼のパスワードを知らないと思うんですか?」 「おまえ・・・じゃあ、パソコンもか?全部?俺の全部?」 「そうですよ。全部です。体の中も、全部」 「ちょ・・・まった・・・・やめ・・・・ああん」 要の大きなソレが入ってくる。中から強くつかれると、息ができない。 後ろから抱えられる格好で、自分のソレもむき出しになっている。 部屋の照明が自分の体を照らし出す。 「やめて・・・そんな・・・ゆすらないで・・・」 さっきからジャンプと言ってもいいほど、体を上に持ち上げられ、下に一気に突き落とされる。そのたびに中がひどく擦られて、体が痙攣する。 「あぁ・・・・あぁ・・・・許して・・・かなめ」 「許してほしいなら、誤ってください。ほら、蒼、許してほしいときは、ごめんなさい、って言うんですよ」 「ひゃぁ・・・ああん・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・かなめぇ・・・・ごめんなさい」 強くつかれすぎて、意識が飛びそうになる。 下から圧迫された分、口から胃でも出てきそうだ。 「蒼は誰のものですか?」 「か・・・かなめ・・・かなめのものだから」 「中に入っていいのは誰ですか」 「かなめ・・・か・・・かなめだけ・・・もう、イク・・・イカして」 「俺のことが好きですか?」 「すき・・・すきだから」 「仕方ないですね。じゃあ、中に、蒼の好きなもの出してあげますね」 「出して・・・早く・・・かなめぇ・・・・ひゃぁあああああ!」 🔷 あぁ・・・・。 ソファにもたれてぐったりする。毎度のことだ。要が怒った時の言葉攻め。どうにもできなくて、要の希望通りに言ってしまう自分が恥ずかしくて、うつむきたくなる。忘れたい・・・。 それに・・・。 俺のスマホを片手に何かしている要に、もう文句を言う気力もない。 パスワードと名の付くものは、育った家の番地を使っている。要のことだ、前の家の住所も知っているんだろう。もう、何もかも知られているに違いない。 「蒼にメッセージが来たら、俺にも転送されるように設定できるといいんですが、さすがにそれは無理なんですよね・・・。うーん、そういうアプリあるかな。盗聴できるなら、あるかもしれませんね」 「盗聴?」 「ああ、なんでもないです。黒川諸には、個人的な付き合いはしたくないって連絡しときましたので。これで一件落着ですね」 「おい!・・・いや・・・・いい。もう、それで」 「じゃあ、お風呂はいりましょうか」 裸の俺を抱き上げて風呂に行く要の顔を見る。そこには一粒の悪気も見えない。 俺を独占したいその気持ちに悪意なんてないのだろうし、それを実行することもあたりまえだと思っている。 俺の気持ちはどう考えているのだろうか?俺の気持ちってなんだろう? 黒川諸とのつながりを絶たれて腹が立つのか?いや、正直どうでもいい、絵が好きなだけで黒川諸自身に興味はない。 俺が怒るとしたら研究の邪魔をされた時だろうが、要はその辺はわきまえているのか、俺が本気で嫌だと思うことはしてこない。 チアパムの視察も、悲しい顔はするが「行くな」と言って俺を困らせることは決してしない。 つまり、こいつは、俺をよく知っているということなのだろう。研究の邪魔をされないなら、私生活は要の好きにしてもらった方が楽なのかもしれない。 そう思うと、スマホもパソコンも、何もかも、もうどうでもよくなってくる。 要に溺れて、甘えて、やりたいことだけやってた方が楽だ。そんな風に思わせる、そう、こいつの本当に怖いところは、こういう所だ。 好きだ好きだと気持ちを押し付けているように見えて、様々なことに気を配って俺が流されていくように計算された行動をとっている、こいつは賢い、もしかしたら俺よりももっと賢い生き物なのかもしれない。 「どうしました?」 俺の視線に気づいたのか、いつものさわやかな笑顔を向けてくる。 「風呂めんどくさい・・・要、体洗って」 「あぁ・・・蒼。俺、嬉しいです。そんな風に身を委ねてくれて」 「もういいよ。お前のもので」 「はい♡」 🔷 昨日もさんざん要に抱かれて腰が痛い。力を抜けばもっと楽になると言われても、どうしても力んでしまう。 はぁ・・・。コーヒーじゃなくて炭酸飲料が飲みたくなって自販機へ行くと、ポケットのスマホが鳴った。みると黒川諸からメッセージが届いている。 「今、畑にいるんです。一枚絵が描けたので、休憩がてら見に来ませんか?畑で見た方が映える絵なんです」 あの人は、昨日のメッセージを読んでいないのだろうか? 俺から、「もう個人的な付き合いはしたくない」という失礼なメッセージを受け取っているはずだ。 見返すと、既読になっている。なんで普通にメッセージを寄越してくるんだ? 絵は個人的な付き合いに該当しないってことだろうか? 買ってほしいとか?それはありえるな。 少し迷ったものの、失礼なメッセージの罪悪感と、絵を見たいという欲求に負けて、畑へ向かった。 「月島先生、ごきげんよう。いい天気ですね」 「こんにちは。ちょっと暑すぎますけど」 「確かに、日陰でも汗が流れてきますね」 絵を見る。薄紫の花がキャンパスの中で揺れている。 日の光がシャボン玉のように描かれていて、キラキラした絵だ。 「アガパンサスですか?」 「さすが月島先生。一目でわかるなんて。ほら、畑の隅に咲いているのが可愛くて、描きました」 「黒川さんが描くと、アガパンサスがなんだかおとぎ話にでてくる幻の花みたいに見えますね」 「メルヘン画家なんて呼ばれてますからね~」 スッと立ち上がった姿が、なんだか要を思わせた。 長身ですらりとしているが、肩幅がある所が似ている。立ち方が似ているのかもしれない。 「あの・・・昨日のメール、すいません」 「ああ、あれ、要でしょう?」 「え?」 「何も聞いてないですか?俺たち従兄なんですよ。母親同士が姉妹なんです」 「えぇ!」 「俺の方が五つ年上なんですけどね。昔はよく一緒に遊びました。あいつ、いっつもニコニコして、それなのに自分は何も関係ないって感じで、鼻につくんですよ。 大学入って本気の彼女でもできたら、寝とってやろうと思ってたんですけど、一向にできないし、ずいぶん勉強に熱を入れてるみたいだったので、やっと好きなものができたのかと思ってたら、まさかねぇ、男にぞっこんだとはびっくりです」 「・・・」 「隠さなくてもいいですよ。小さいころから知っているんで、さすがにバレバレです。月島先生はどう答えてるですか?もうしちゃってます?」 にやりと笑う黒い笑顔が猫のようだ。立ち姿は似ているのに、この笑顔だけは要と似ても似つかない。それとも、本当の要の笑顔はこっちなんだろうか? 一歩近づかれると、ドキリとする。まるで、どす黒い裏の顔が出た要がいるみたいだ。 「俺のことどう思います?俺も、抱いてみたいな、先生のこと」 「・・・」 後ずさりする。 暑いのに冷汗が出てくる。 「いいですね、その顔。そうか、その顔に惹かれたのかな。何を考えているのかわからない冷たい氷の女王の表情、好きなものに向かう少年みたいな無邪気な表情。そして誰も知らない、怖がって歪んで喘ぐ表情、があるのかな?」 獲物を狙うような希薄に気おされて声がでない。 襲われる時ってこんな感じになるんだろうか。 どうしよう? 怖い、逃げだしたいのに、足がうまく動かない。 「あぁ・・・おいしそうだ」 「うわっ」 延ばされた腕に捕まると思った瞬間、後ろから抱き寄せられる。 「要?」 見上げると要の顔があった。 「諸、ふざけるのはいい加減にしろ」 「あぁ、残念、恐怖におびえる月島先生の顔、最高によかったのに」 「俺を本気で怒らせたいの?」 「冗談だって、お前は敵に回すとやっかいなの、よく知ってるから。従兄がやっと好きなもの見つけれたのを喜んでるんだよ」 「そう、それはよかった。浮気現場の写真、奥さんに送り付けるのは、さすがに忍びなくて」 「え?奥さん?」 「はい、こいつ既婚者ですよ。女性が苦手なんて嘘です。蒼に近づくための口実ですよ」 「ほんと、お前怖いな。俺は浮気なんてしてないぞ」 「そう見える写真なんて、いくらでも作れるからね」 「わかった、わかった。すいません。月島先生には絶対手出さないから」 「信用できないから、写真のストックはためとくよ」 「月島先生、こいつ俺なんかよりやばいからね。逃げたくなったら相談してね」 「ご忠告どうも・・・」 「この絵は謝罪も込めて差し上げます。じゃあ、また」 「はぁ・・・・」 絵は好きなんだけど、なんか複雑だ・・・ 「ノコノコ呼び出しに応じるから、怖い目みるんですよ」 「従兄だなんて聞いてないぞ?」 「従兄って言ったら、蒼が逆に気を許すんじゃないかと思って、内緒にしてたんです」 「っていうか、いいかげん離せ。生徒たちの視線が痛い」 「あっすいません」 「はぁ・・・・疲れた」 「じゃぁ、今日はもう帰りましょう。俺、蒼のこと抱きたいです」 「発情するな、こんな所で」 「諸と話したその口に、罰を与えないと」 「怖いよ!全然やすまらないよ!仕事だ!仕事するぞ!」 「え~じゃあ、夜たくさんしましょうね」 「死ぬ・・・・」 あぁ、こんなよく晴れた暑い日に、俺は何をしてるんだか・・・ 今日の夜もいろいろされるんだろうな、と思うと体がゾクリとした。 でも、その感覚が不快じゃないことに気づいている自分が恥ずかしくて、俺はそそくさと仕事へ向かった。

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