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第17話

第17話 「蒼、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。もう、承諾も得てますし」 「いや、おまえ、わかってないだろ。世間体には俺は、教え子に手をだした教師だぞ。しかも同性に。俺はおまえのご両親になんて言って、お前を旦那にくださいと言えばいいんだ」 「だから大丈夫ですって。手を出したの俺だって話してありますし」 「は?おまえ・・・いったい親御さんになんて話たんだよ・・・・要ワールド全開か」 はぁと深いため息をつく。 俺は今、アメリカ西海岸に赴任中の要の両親が住む家の扉の前に来ている。 とある日、英語の試験だと言われて試験に行って合格し、手続きがあると言われて役所へ行ってサインをしたら、知らない間に永住権を得て、知らない間に要が俺の旦那になっていた。 俺は相も変わらず末恐ろしい要ワールドの住人だ。事実を知った俺は、家族へ挨拶に行かねばならないと勇気を振り絞って、今、ここに立っている。 「まあ、入りましょう」 もう、どうにでもなれ、という気持ちでチャイムを押す。 「いらっしゃい。待ってたわよ」 出てきたのは要の母親だろうか、きりっとした顔立ちが要にそっくりだ。 「お、お邪魔します」 ガチガチに緊張しながら家の中へ入ると、勢いよく子どもたちがリビングから飛び出してきた。 「氷の女王だ!」「要君のお嫁さん!」「わ~きれいだね~お肌ツヤツヤだね~」 女の子の大群に取り囲まれ、手を掴まれ、強引にリビングのソファに座らされる。 「あらあら、ごめんなさないね。蒼君に会えるって大喜びでね、この子たち。あ、私は長女の結衣(ゆい)です」 「ノーBル賞受賞者が二人家にいるとかすごいね!」 「こっちは、次女の和沙(かずさ)よ。騒がしくてごめんなさいね、今、夏休みで見ての通り娘と孫が来てるのよ」 「あ・・・はい」 怒涛の女性ラッシュに頭がついていかない。そうこうしている間にも、絵本を持った女の子と、クマのぬいぐるみを持った女の子がソファーをよじ登って、俺の横にぴったりとくっついている。 「えっと・・・・」 「蒼、姉さんたち、それぞれ女の子が三人いるんです」 「全部で六人・・・・すごいな」 そこから、絵本を読まされ、ぬいぐるみ自慢を聞かされ、歌も披露され、てんやわんやに過ごし、見かねた要の母親が要を犠牲に孫娘たちを二回へおしやってくれた。 「やれやれ、やっと二階へ上がっていったか」 俺よりも孫娘にぐちゃぐちゃにされていた要の父親が乱れたシャツを直しながらソファへやってきた。顔立ちは母親似だが、要の色素の薄い髪は父親似らしい。定年間際だというその人は洒落た服装で、若々しかった。 「騒々しくてすまないね」 「いえ」 子ども達と共にみんな二階へあがってしまったので、俺は要の父親と二人きりになり、忘れかけていた緊張が戻ってきた。 「一緒に飲もうと思ってたワインがあるんだ。君はワインが好きだと要から聞いてね」 「ありがとうございます」 グラスに注がれたスパークリングワインは、さっぱりとしていて、夏の昼に飲む贅沢な時間を提供してくれる。 「要は昔からなんの心配もいらない子でね。少し寂しいくらいだったんだ。こちらを困らせるようなことはまったくしてこない優等生って感じでね。姉二人が強烈ってのもあったのかもしれないけど、それでも、この子は本心を隠して生きているんじゃないかと心配になることもよくあったんだ」 「はぁ・・・」 なんとなくわかるような気もするが、出会った瞬間から迷惑行為を貫きとおされている俺には、ピンとこないものがある。俺からしたら、要は問題だらけだ。 「それが、男の人を好きになったと言ってきた時には驚いたよ」 「・・・」 「しかもね、反対されてもやめるつもりはないって、見たこともないような目つきで言うんだ。ママと二人で口をあんぐりあけてね、本当に驚いたよ。確か高校三年生の時だったかな」 「ぶっ・・・」 危うくワインを吹き出しそうになる。そんな早い時期から打ち明けていたのか。 「もちろん、反対するつもりもなくてね、ママと話し合って応援することにしたんだ。いや~君のためにノーBル賞まで取るとはね。私もママを手に入れるために奔走したけど、私以上だったね」 「ぶっ・・・」 再びうっかりワインが口からでそうになる。ストーカー体質は父親譲りか。 「俺の気質を継いでるとしたら、捕まったら、もう逃げられないと思うから、諦めて二人で幸せになってほしいなと思ってるよ」 「は・・・はい。逃げられないなとは思ってます」 「それで結構」 「ただ、俺は見ての通り男なので要の遺伝子を残してやることができません。ご両親には、それは申し訳なく思います」 「それは気にしてもらわなくていいよ。孫はもうたくさんだ。女の子ばかり。音橋家の遺伝子はばっちり残るよ」 あははと笑う要の父親に感謝する。 「あ、パパ、もうワイン飲んでるの?」 子ども達が落ち着いたのか二階から要と母親が下りてくる。 「何話してたんですか?」 隣に座る要を見て、こいつも変わってるが、家族もなかなかだなと思う。 「ん・・・別に、ご挨拶していただけだ」 「あら、私にも挨拶してちょうだいな。こんな年になって、こんな綺麗な息子がもう一人できるなんて、本当に嬉しいわ」 「えっと、その、俺は要君を幸せにできるような大層な人間ではありませんが、二人でならなんとかなるかなと思ってます。これからよろしくお願いします」 「いいわね~新婚さんね、あ、式には(たかし)君たちもみんな来れるって。親族の結婚だから有給とれるみたいよ」 「そっか、義兄さん達に会うの久しぶりかも」 「みんな喜んでたわよ~要の恋が実ったって。楽しみよね、ドレス。(もろ)が張り切って染めたみたいよ、生地。安部先生のデザインなんて、私も着てみたいわ。モデルの間では有名なのよあの人、もともとパリコレでも作品出してた先生だもの」 「ん?」 一人話についていけず、首をかしげる。 「あ、京音大の安部教授もイケメン教授のテレビ取材を通じて仲良くなったんです」 要が説明をつけ足してくれるが、まだわからない。そもそもなんの話をしてるんだ?式って何? 「要君・・・式って何かな?」 「何って、もちろん俺たちの結婚式ですよ。10月に植物園でやろうと思って。衣装は安部教授がデザインしてくれました。服飾科の生徒たちが縫ってくれてます。着物の生地を使うそうなんで、諸にも手伝ってもらいました。一級品のドレスができますよ。蒼が着るものですから、それくらいしないと。招待状はもう手配済みです。たくさん人が来るの嫌だと思ったんで、できる限り絞っておきました」 「待て待て待て、俺は何も聞いてないぞ。着るの?ドレス?俺が?」 「そうです。俺も蒼に合わせた衣装着ますよ。デザイン見ますか?」 そう言って幸せいっぱいの笑みでスマホをみせてくる。そこには対の衣装の下絵の写真があった。平安時代ぽい衣装を現代版にアレンジしたようなものだ。ドレスと言われた時のイメージとは違って、スカートではないし、抽象的で悪くはないデザインだ。しかし、だからと言って許すわけにはいかない。なぜなら俺は何も相談されてないからだ。 「すっごく楽しみにしてるからね。また10月、会いましょうね」 怒りたい、怒りたい、のに・・・・・ 「は・・・はい」 怒れずにいる俺を要が横からニヤニヤして見てくる。こいつ、確信犯だ。式の話をここでしようと最初から決めていた顔をしてやがる。あーもう、要ワールド全開過ぎるだろ。 「諦める方が楽だよ、きっと」 そう呟いた父親の目が、要の目とそっくりで、ぞくりと鳥肌が立つ。逃がさない、逃げられない、わかっているだろう?そう言われているようで、俺は諦めて、目の前の料理とワインを堪能し、隙あらば腰に回される要の手をこっそり振りほどくのをやめることにした。

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