18 / 21

第18話

第18話 要の両親に挨拶した後、俺たちはそのまま日本へ向かった。要がどうしても俺の育った家と 山を見たいと言って聞かなかったのだ。 レンタカーを借りて、要の運転で山へ向かう。久しぶりの日本の夏は、湿気がすごくて汗がダラダラと流れて不快だ。それなのに要は始終楽しそうに鼻歌なんか歌いながら長距離を軽々と運転してみせた。 「へぇ、古い日本家屋ですね」 「ただの古民家だよ」 家に着いて荷物を下ろす。今日はここへ一泊することになっている。叔父にもメールはしたが、帰ってくるかはわからない。そもそも「結婚したから相手を連れていく。ちなみに相手は音橋要です。ノーBル賞とった人」というメールからの返信は無く。叔父が何を思っているのかはまったく不明だ。 「こんにちは」 家に入ってきた俺と要を見て、(せつ)の動きが止まる。やはり、叔父は何も話していないようだ。 「えっと、今日は、ここに泊まります。この人は、俺の旦那さん。アメリカで結婚しました。要、こちらはお手伝いの節さん、この家のめんどうを見てもらってる」 「あ、初めまして。音橋要です」 「あ・・・・ああ・・・・・テレビで見たことあります。そう・・・・あ、えっと、夕飯少し増やさなくちゃ」 「山菜ですか?すごい、いい匂いですね」 こういうのを人懐こいというのだろうか、要が節が切っていたまな板の上をものを取り上げて匂いを嗅ぐ。 「ええ、総一郎さん、山菜好きだからね。蒼君も好きだから、ちょうどよかったわ。今朝とったやつだから、香りがまだ生きてるわね」 その言葉を聞いて息をのむ。何も考えずに淡々と仕事だけしていると思ってたのに、叔父の好みや俺の好みを気にしていたのか。そんなことに今さら気づくなんて、間抜けだ。 「わ、炊き込みご飯ですか?嬉しいです。アメリカから来たばっかりなんで、純和風最高です」 「そ、そう?よかったわ。総一郎さん、白米あまり食べないけど、炊き込みご飯だと無くなるのよ。お酒のつまみになるんでしょうね」 ふふっと笑う説を見て、また驚く。この人笑う人だったのか。 「楽しみですね、蒼」 「うん」 笑ってこちらを振り向いた要をすごいと思った。ずっとここで暮らしていた俺が知らなかったことを、こいつは楽々と開けていく。叔父も知らないんじゃないだろうか、節さんの笑顔なんて。 荷物を置くと、俺と要は山へ入った。杉林を通って、あの開けた場所へ行く。 要のために携帯用の蚊取り線香をたくと、煙がむわっと空へあがった。 「スプレーちゃんとしろよ。夏は蚊がすごいからな」 「蒼はいいんですか?」 「俺は子供の頃さされ過ぎて、反応しなくなったから、刺されても痒くないし、腫れもしないんだよ」 「本当に、しょっちゅう山にいたんですね」 「まあな」 山の中だというのに暑い。緑の匂いが濃い。オレンジ色のオニユリが力強く咲いている。その力強いオレンジ色が、まるで要を歓迎しているかのように見える。 「暑いですね」 「そう言っただろ」 靴を脱いで、小川に足をつける。暑いのに要がくっついてくるからさらに暑い。 「毛布をかぶってるみたいだ。汗くさくないのか?俺だって汗はかくんだぞ」 後ろから抱きしめてくる要を睨みつける。俺を股の間におさめて、要も足を小川に入れる。 長い脚だな、と思う。 「水は冷たくて気持ちがいいです」 並んだ素足の影が水の中で揺れる。並ぶと要の足の大きさが目立った。ふっと力を抜いて要に背を委ねる。こんな風に、だれかと山で過ごすことがあるなんて夢にも思わなかった。 「魚いますね」 要が呟く。どこかで鳥が鳴いた。虫の声も聞こえる。暑い。この湿気、なんとかならないものだろうか。 「蒼」 「ん?」 上を向くと、そっと口づけされる。そのままチュッチュッと何度かして、また視線を川へ戻した。川の冷たさで暑さをしのぎながら、俺たちは時折キスをしてはまた川を眺めて、甘い時を過ごした。 夜になって、そろそろ家に戻ろうとすると、ポッと弱い明かりが空中に表れてすぐに消えた。しばらく様子を伺うと、その灯りが一つまた一つと増え、夕暮れが終わると、宵闇に薄緑色の灯りがいくつも浮かび上がった。 「蛍か」 「きれいですね、俺、こんなにちゃんと見るの初めてかもしれません」 「んっ」 要が首筋に口づけを落としてくる。斜め上を向いてキスを受ける。さっきよりも深いキス。舌が入ってきて俺の舌をからめとろうとする。激しくて、しらずに要の上着を握りしめる。離れない唇に困っていると、要の手が服の中に入ってきた。その手が下へいこうとするのを慌てて止める。 「バカ、こんな所でしたら全身虫に刺されて悲惨だぞ」 「それは困りますね。そろそろ戻りましょうか」 危ない、引き下がってくれて助かった。 家へ戻ると、車がもう一台止まっていた。 「学部長の車じゃないですか?」 「健兄か」 家へ入ると、晩酌が始まっていた。山菜のいい香りがする。 「お、御両人、先に一杯やってるよ」 健一がビールの杯をあげて見せてくる。 「叔父さん、久しぶり、元気そうだね」 「ああ、手術はもうしたくない。病院はこりごろだ」 「おまえ、定期健診さぼるなよな。再発したらやっかいだぞ。早期発見が大事なんだから。こいつ、俺が付いてかないと病院いかないんだよ」 健一が困ったように言うのを、総一郎が知らん顔で受けている。 「そんなことより、音橋要君だね、初めまして。蒼の叔父の総一郎です。こちらへ来て、君も食べるといい」 「おい、話題変えたな。まあいいけど、音橋君、久しぶりだね」 「はい。お久しぶりです。と、お初にお目にかかります、総一郎さん」 微塵も顔色を変えずに、総一郎がうなずく。健一がグラスを二つ用意し、ビールをつぐ。俺たちは正方形の小さめの食卓についた。 「じゃ、改めまして、二人とも、結婚おめでとう」 健一の音頭で乾杯をする。 「ありがとう」「ありがとうございます」 よく冷えたビールがうまい。山菜の天ぷらも絶品だ。こればっかりは、山でしか食べれない味だろう。炊き込みご飯は食べやすいように小さめのおにぎりとなって並んでいた。今までは気づかなかったが、節の配慮を感じることができる。 「悪いが結婚式には行けない」 「ああ、いいよ、別に。俺もついこの間、結婚式の存在を知ったからね」 「バカ言うな。一人息子の晴れの舞台だろ、総一郎は俺がひっぱってくから心配するな」 「いや、健兄もこなくていいから」 「冷たいことを言うな、たまには俺だって海外で羽をのばしたい」 「自分が遊びに行きたいだけじゃん」 「俺は飛行機には乗らない」 「物理学者がなんで飛行機怖がるんだよ。だいたい、お前今、飛行救助のロボット開発に携わってるんじゃなかったのか?」 「飛行機が飛ぶ仕組みは理解している。でも、しょせんパイロットは人間だ。俺の命を他人に預ける気にはなれない」 「そういうのを怖いって言うんだよ。じゃあ、この飯はいいのか?節さんが毒を入れたらお前簡単に死ぬぞ」 「節さんはそんなことをしない。そもそも人を毒殺するとなると、デメリットが大きい。そんなことをする人間はまともではない」 「デメリットの話はしてない」 二人の意見は平行線で、どうなるかと思って眺めていたら、要が助け船を出した。 「海岸を散歩するの、すごく気持ちがいいですよ。手をつないでもキスしても、だれにも何も言われませんし。海岸沿いにいろんなお店が並んでるので、ぶらぶらするのも楽しいです」 「植物園から西海岸まで近いんだっけ。いいな~俺も海岸デートしたいな~」 健一が横目で総一郎を見る。 「結婚したいのか?」 「いや、結婚に興味はないよ。俺は日本にいるつもりだし。バカンスに興味があるの」 「飛行機の危険より、健兄に嫌われる危険の方が、叔父さんの命にかかわりそうだね」 「はぁ・・・・仕方ないな」 俺の意見がダメ押しになったのか、総一郎がしぶしぶOKを出した。別に結婚式に来てほしいわけじゃないが、なんとなく健兄の応援をしたくなったのは、ずいぶん世話をしてもらってるからかもしれない。 「お、やったぁ~有給とらなきゃな」 それからしばらく健一と要が結婚式の内容でもりあがり、その間に順番にシャワーを済ましてお開きとなった。 一つしかない布団に要と寝転がる。クーラーなんてものはなく、扇風機の音が静かな夜に響く。 「おい、くっつくなよ暑いだろ」 「じゃぁ、もういっそ汗だくになりますか?」 「やめろって、どうするんだよ、シャワーかぶったら、向こうも汗だくになってるかもしれないだろ」 あまり想像はしたくないが、お開きになるころには、健兄がずいぶんベタベタと叔父に触れていた。叔父もそれを嫌がるふうでもなく、時折色気のある目を流していたから、夜は愛を温めていることだろう。 「ん-、学部長たちはいつでも会えるわけじゃなさそうですしね。ここは譲りますか」 「うん。それがいい」 安心して要からはなれようとすると、ぐいっと抱き寄せられる。 「んっ」 強引に顔を向かせられキスされる。 「蒼、俺たち幸せですね」 「はぁ・・・まぁ・・・・そうだな・・・んっ」 繰り返されるキスに、結局汗が流れる。 「寝よっ・・・な・・・・おい・・・・んっ」 「興奮して眠れそうにないです。朝までずっと、キスだけ、やってみましょう」 「え?ちょ・・・んっ・・・んん・・・・はぁ・・・」 繰り返される濃厚なキス。まざる唾液。喘ぎながらする呼吸。もう、許してほしいと思うほど、何度も何度も口内だけを犯されて、ほてった体はそのままで、ジンジンとうずく気持ちをすべて口へ運び、俺たちは何度も絡まりあいながらキスをした。 ああ、暑いと思う。夏でも寒さを感じたこの部屋で、俺の体は内側から熱を発し続けている。人のぬくもりだけじゃない。体の奥から出てくる、好きという熱量が部屋の温度を上げていく。要と出会って、要に引きずられるようにして知った、自分の中の熱。その熱をはっきりと認識し、俺は、目の前の要から目を離せず、体を離せず、甘い甘い一夜を過ごした。

ともだちにシェアしよう!