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第19話
第19話
バージンロードを歩くのがこれほど大変だとは思いもしなかった。
植物園の中央公園に設置された式場に向かって、俺はゆっくり一歩づつ歩いていく。
要の腕をしっかりと握って歩かないと、バランスを崩して転んでしまいそうだ。
安部教授が仕立ててくれたドレスは、十二単を現代風にアレンジしたもので、生地が何枚も重なり、さらに鳥の尾のように長く後ろへ広がっているため、なんと40キロもの重さがあった。これは着る人間が男だって前提で作られたに違いない。
要の希望で藤をイメージして作られたドレスは紫をベースに、白い絞りの柄が無数に入ったデザインで、ファッションに疎い俺がみても美しい出来栄えだ。
要の衣装は深緑を基調にしたもので、薄茶色の髪に合っているし、藤のドレスとぴったりの相性だ。
時刻は植物園の閉演後の7時で、提灯がたくさん吊られてなまめかしい雰囲気が醸し出されている。結婚式というより映画などでたまに見る花魁道中みたいだな、と思う。
やっとのことで司会者の前に辿りつく。そこから出席者の方へ振り向くのも一苦労だ。
なんとか前を向くと、要がマイクを取り、誓いの言葉が始まった。
「本日、私たちは、御列席くださった皆様の前で結婚の誓いをいたします。月島蒼は、音橋要の物です。どこの誰がなんと言おうと、渡しません。たとえ蒼が嫌がることがあっても、俺は蒼を手放すことは絶対にしません。蒼が世界のどこでその力を発揮していたとしても、蒼は俺の物です。蒼に対する所有権のありかをここに宣言します」
会場に笑いと、驚きのまざったざわめきが広がる。
まったく、結婚式で相手は俺のものだって所有権を宣言する人間がどこにいるというのだ。こんなの結婚式じゃなくて、脅迫だろう。初めてこの宣言内容を聞かされた時、ストーカー行為もここに極まれり、だと思って絶句した。
どうして式なんてやるのだろかと思ってはいたが、要の目的は、世界に対して俺の所有権を誇示するということだったのだ。
三年前、俺と要が離れる原因となったのがこれだったのを思い出す。全国中継で俺にキスしようとした要と、それを嫌がった俺。
要は、三年かけてその欲望をかなえたのだ。外堀から埋めていき、俺が拒否できなくなるように仕組んで。こいつは本当に恐ろしい。天才なんじゃないかと思う。ひらめきも努力する力も、センスもある。その力を別の物に発揮したら、もっと人類の発展に貢献できるだろうに。俺のことにしか発揮しないとか、才能の持ち腐れも甚だしい。要の能力すべてを使って愛されて、俺は抵抗できる気がしない。諦めるしかない。要を拒否するくらいなら、要の物になったほうがずっと楽だということを、どこの誰でもなくこの俺が一番よく知っているのだから。
「・・・・まあ、それで、いいです・・・・」
いったい何を俺は宣言させられているのだろうと思いつつも、とにかく早く終わってほしいという願いを込めて、呟いた。
要が俺の腰を抱き寄せ、口づけをしようとするのを慌てて手で防ぐ。
キスは無しってあれほど打ち合わせで言ったのに、こいつは!
笑いを含んだ拍手が送られ、式は無事に終了した。
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たくさんの写真撮影が行われ、食事もろくに取れず、着替えを済ますことができたのは、夜の十時を過ぎた頃だった。帰る人々を見送り、片付けを手伝い、静かになった丘の上の温室に二人でくつろぐ。
「残り物の軽食とワイン持ってきましたよ」
「気が利くな。お腹ペコペコだ」
「片付けも終わって、業者のトラックも出たので、今植物園にいるのは俺と蒼の二人だけです」
「今何時だよ?」
「んー十二時ですね」
「疲れたー」
「お疲れ様です」
「衣装重すぎるだろ」
「すごかったですね。本当に、藤の精みたいでしたよ。蒼、すごくきれいでした」
「そうかよ、よかったな、望みがかなって」
「これでも譲歩してるんですよ」
「は?譲歩?」
「そうです」
要が俺を抱き寄せる。口づけすると、要の口に口紅の跡が残った。メイクをされていたのを思い出す。
「口が赤くなった。これ、落とすの忘れてた」
「いいですよ。どうせ全部なくなりますから」
「んっ・・・ちょ・・・・まった・・・無理・・・疲れてるし」
座っていたソファの上に押し倒される。
「蒼は分かってない」
見上げた要の目が怪しく光っている。背後に月の光をやどした要は、なんだか迫力があっていつもより妖艶で美しい。俺が藤の精なら、こいつは美しい鬼かもしれないな、と思う。この射貫くような目に捕らわれると、恐怖と少しの期待で体が動かなくなる。
「本当は、閉じ込めてしまいたいんです。俺以外の誰とも口をきいてほしくないし、誰にも見せたくない。俺だけを思って生きてほしい。毎日俺に犯されて、他のことなんて考えられないようにしたい。でも、それじゃあ蒼が窒息してしまうだろうから、仕方なく、世界中に蒼は俺の物だって宣言したんです」
「おまえ・・・・どうしてそんなに余裕がないんだ?俺は、おまえのことちゃんと好きだぞ」
「はい、好きになってくれたってわかってます。でも、足りないんです。蒼が足りない」
「困った問題児だな」
要を抱き寄せて、頬にキスをする。好きだってどうしたら伝わるのだろう。
「好きだよ。好きだから、お前が望む恥ずかしいことだって、いっぱいしてるんだぞ。もう、俺ができることなら、なんでもしてやるから、少しは安心して生きろよ」
「本当ですか?嬉しいです」
やっと、要がいつもの初夏のようなさわやかな笑みを浮かべる。人懐っこい可愛い要と、独占欲に魅入られた恐ろしく美しい要。こいつの中にある危うさを感じる。俺を失ったら、壊れてしまうのかもしれない。そう思うと愛おしくて、もう一度キスをした。
「蒼からキスしてくれるなんて珍しいですね」
「まあ、結婚式の日くらい、サービスだ。でもさ、お前はなんでそんなに俺が好きなんだ?」
「前にも言ったじゃないですか、一目で恋に落ちたんです。この世の物とは思えないほど綺麗で・・・」
「そんな理由でここまでやるか?綺麗な人なら、たくさん世の中にいるだろう?」
「そうですね・・・なんていえばいいんでしょう。蒼は特別に見えるんです。この世界の中でたった一人、少し淡く光っているように俺には見えるんですよ。特別で特別で、心の底から欲しくなる。そんな感情が生まれてくるんです。きっと、俺の魂が蒼に惹かれているんだと思います。出会って数か月たってから、ああ、この人俺と同じ男かって気づいたくらいです。性別なんて吹っ飛んじゃうくらい、魅了されたんです」
「魂ねぇ・・・。まあ、特別好みのタイプってことか」
「簡単に言うと、そうかもしれませんね」
要のたくましい胸板に額を押し付ける。こんなに愛されて、俺は幸せだと、しみじみ感じる。
暖かい。心の奥底がじんわりと温まるようだ。
「そういえば、新婚旅行ってどこ行くんだ?明日から一週間俺たち仕事休みなんだろ?」
「ああ、どこへも行きませんよ」
「ん?」
「言ったじゃないですか。我慢してるって。本当は閉じ込めておきたいって」
「う・・・・・うん?」
嫌な予感で背筋がゾクっとする。鳥肌がたってきた。まさか、こいつ。
「一週間、ずっと家に引きこもります。一日中愛したいんです、時間もわからなくなるくらい、俺のことだけ考えてください」
「え・・・・いや・・・・一週間は長くないかな?」
「譲歩です。一生よりもずっとましでしょう?なんでもしてくれるって言ったじゃないですか」
「いや・・・まて・・・・前言撤回だ!頭大丈夫か?怖いよ?怖すぎるだろ!無理だって・・・」
「無理じゃないですよ。それに、もう一度離れ離れになるほうが、よっぽど怖いでしょう?」
にやりと笑う要に鳥肌が立つ。逃げ出そうとする俺を要が覆いかぶさって羽交い絞めにする。
「どけって・・・・俺は、お前が一番怖い!」
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