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第20話
第20話
植物園の中に植えた銀杏並木(いちょうなみき)が育ってきたので、俺たちは銀杏の木のメス化の研究を始めた。金にも時間にも余裕がある俺たちだからできる研究だと思う。
普通に観察しているだけでオスの木がメスの木へ変わるわけはないので、俺たちは様々な実験をした。
遺伝子組み換えもしたし、木に付く虫も飼ったし、他の植物に寄生する植物なんかも試した。
そして、生きついたのが微生物だった。
カンビオという微生物で、通常は土の中で、木の根に存在している。カンビオがたくさんいる木は花がよく咲くので、なんとなくの思い付きで銀杏の木の根にカンビオがたくさん存在する土を被せたのだ。
するとその年の秋、通常は実をつけない銀杏が実をつけたのだった。
この研究成果を論文にあげると、一気に世界へ広がり話題になった。
というのも、科学雑誌が見出しに、「氷の女王と夏の王子、再び世紀の大発見!」的な感じで俺たちの結婚式の写真を載せたのだ。
最悪だ。俺がこの見出しを始めてみた時の感想はもちろん、顔面蒼白だった。
しかし、隣でコーヒーをすすりながら雑誌をみている要は涼しい表情をしている。
確信犯だ。絶対こいつが手を回している!
「こんな写真使わせるなよ。俺たちだってもう若くないぞ」
「蒼の美しさは変わらないですよ。今の方が色気があって、俺は好きです。総一郎さんに似てきましたね」
少し伸びた俺の髪を優しく撫でながら、要が嬉しそうに俺を抱き寄せる。
可哀そうなのは俺だけではない。朝から晩まで、植物園の事務所の電話は鳴りっぱなしで、対応しているホセは、ここ数日休みらしい休みはとれていない。
「ホセだって、可哀そうだろ」
「どうですかね、別荘とボート買うって喜んでましたけどね」
「ホセが金の亡者に・・・・」
「それより、次は何しましょうかね」
「ん-、そうだな」
こうやって次の研究テーマを考えるのは私服の時間だ。
好きなことを好きなだけやれる。最高だ。
「途上国支援の方も、少し気になるな。吉沢先生に連絡とってみるか」
「投げ出した割に、ちょくちょくチアパム行きますよね、蒼は」
「また言うか、それ」
「蒼は本当は優しいですよね」
「俺はいつだって優しい紳士だ」
「俺よりも蒼の方が、本当は愛が深いんじゃないかって思います」
「いや、お前の愛の深さは異常だろ」
「俺の愛は蒼だけのものですから」
そう言って、要がキスをしてくる。朝から、こいつは・・・・。
「出会ってから、十年以上も経つのに、キスすると照れるのが可愛いんですよね」
「っ・・・・仕事だ!仕事!」
穏やかな日常に、ちょっとだけ心拍数があがる瞬間がある。
幸せだな、と思う。もうすぐ冬が来る、少しだけ寒くなった風も、要と一緒だと心地がいい。
こんな日が長く続けばいいと思った。
🔷
「お二人とも、二度目のノーBル賞受賞、おめでとうございます!」
「すばらしい快挙ですね!」
「日本へ戻られる予定は?」「お二人の結婚式の写真が話題になっていますが・・・」
フラッシュがたかれすぎて、インタビューしてくる記者の顔がまったく見えない。
穏やかな日々を満喫していた俺たちは、今現在、嵐の中にいる。
銀杏の性転換の成果は、その後医療業界へ使われるようになり、難病の治療に大きく貢献した。それも、俺たちが研究成果に特許を付けず、誰でも使えるようにしたことが良かったらしく、その成果も含めて、今回の受賞となった。
俺が特許を拒否したことによって、ホセは別荘とボートを買い損ねてしまった。
そのことでいつまでもホセにチクチク嫌みを言われていた俺は、今回は取材をがんばって受けて、取材料や出演料などで、ホセを満足させるという任務を課された。
ホセには世話になっているし・・・仕方ない。
「ノーBル賞恒例のダンスは二人で踊られるんですか?」
「月島さんが、ドレスですか?」
「はい。月島先生が女装で授賞式に出ます」
早く取材終わらないかな、と受け答えを要に任せきりにしてボーっとしていた俺に、稲妻が落ちる。
「は?女装?」
「約束したじゃないですか、俺がノーBル賞とったら、蒼が女装でパートナーやってくれるって。まだ俺が院生の時でしたけど」
「あんな昔の話・・・・嫌だ、俺はドレスなんて着ない」
「困った人ですね、じゃあ、ドレス着るのと俺に抱かれるの、どちらがいいですか?」
「え?何いって・・・・・」
パシャパシャとシャッターが一斉に押される。
毎日抱かれているのに、それが選択肢に入るってどういうこと?
いやまて、そもそもこんなたくさんのカメラの前で・・・・
隣でニヤリと笑う要を見て唖然とする。
例え毎日抱かれていたとしても、カメラの前で「じゃあ、抱かれるほうで」なんて、絶対言いたくない。
確信犯だ!俺にドレスを着せるために、こいつはわざとこんな茶番をしてるんだ!
「お・・・俺は・・・・・嫌だ!」
仕方ない、こういう時は逃げるしかない。俺は、記者会見場をダッシュで脱走した。
「あ、逃げちゃいましたね。えっと、月島先生のドレスを作ってくれる方、募集します。学生の作品だと、月島先生が着てくれそうですね。彼、学び途中の子ども達に甘いんで。我こそはと思う方は、教授の推薦込みで、植物園の事務所に連絡ください」
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