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第5話
|羽鳥孝之《はとりたかゆき》、30歳。
毎朝8時6分に乗るこの朝の満員電車が、
何よりも苦痛だった。
180cmを優に超えた体格から人に埋もれることはないにしろ、
整髪料と汗の混じったような匂いを
べたりと身体に直に
擦り付けられるような感覚に、吐き気がした。
あと、2駅。
あと2駅過ぎれば、降りられる。
孝之はきつく目を閉じて、
現実から逃れるように意識を
どこか遠くの方へと投げ放った。
そういえば昨日の夢は何だったんだ。
えらく心地の良いところだった。
雲一つない青白い空。
青々とした芝生。
大きな桜の木。
そして、そこにいた、一人の女。
ずっとあんな所にいられたら良いのに。
こんな人と感情の渦巻く所に
閉じ込められるのは息苦しい。
そういえばあの女は誰だったんだ。
俺に外国人の知り合いなんて、いたか。
孝之は4年前に彼女と別れて、
以来独り身生活を送っている。
以前付き合っていた彼女は
男よりも男勝りな性格で、仕事一筋。
代わりに身の回りのことは全て孝之が行っていた。
元々人に対して献身的だった性格が、
彼女と付き合うことで磨きがかかった。
家事全般はもちろん、
女性の流行にも興味を示し、
雑誌を読んで研究するほどにまでなっていた。
研究の成果は出たようで、
程よく鍛えられた男らしい体格からは想像も出来ないほど自身の乙女心を育む結果となった。
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