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第二章 夢か幻か
「ほらぁ。人のこと下衆野郎とか言っておいて、自分だって天使様とちゃっかりやってんじゃん」
「やってない。キスだけだ」
昼休みは、生憎の雨だった。
仕事に追われ、ようやく昼食を口にしたのは夕方の4時。
社員食堂は閑散とし、孝之と殿上以外、社員が1人もいなかった。
大量の砂糖を入れたコーヒーから、甘い湯気が立ち込めている。
「やっぱり孝之の妄想だったんだ」
「…まだそうと決まった訳じゃない」
「この調子じゃ、今週末には天使様にぶっかけてるな」
「てめぇと一緒にするな下衆野郎」
殿上は丸フチの眼鏡を頭に乗せて、楽しそうに笑っていた。
昨日は何故あんなことになったのか分からない。
それまでは程良い距離感を持って接していたのに。
それより気になるのは、あの表情。
妄想なのに、あんな切羽詰まったような顔をするのか。
どこかでまだ胸につかえるものがあった。
窓の外は灰色の雲に覆われ、
屋内が余計に明るく感じる。
「殿上。俺は、頭がおかしくなったと思うか」
「んーん、ただの欲求不満だと思う」
殿上は我関せずといった調子で、熱心に携帯電話をいじっていた。
こんな薄暗い日でも、あいつはまた夢の中に現れてくれるだろうか。
もしまた会えたのなら。
理由を尋ねるより先に、ただ、慰めてやりたいと思った。
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