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第23話
何かを予感していたのかもしれないが、
それを確かめる術はない。
ただの欲求不満だったと、割り切るつもりだった。
「……………天使…………」
ふいに口をついて出た言葉とほぼ同時に、
寄りかかっていた車両の扉が開いた。
慌てて身体を起こすと、視線の先にいる男が降りて行った。
孝之も咄嗟に電車から飛び下りる。
最後列の車両が停車したホームはちょうど屋根がなく、
雨を直に受ける場所だった。
男は電車から降りると持っていた鞄を傘代わりにして、
屋根のある方へ走ろうとしていた。
行ってしまう。
行って、しまう。
「あの」
男の足が止まる。
滝のような雨音が、自分の声をも掻き消してしまう。
びしょ濡れになった黒い前髪を必死にかき分けて、
何とか男の姿を捉えようとした。
男は一瞬こちらを振り返った。
その顔立ちはまさしく、毎夜夢に見た”あの”顔だった。
男は一瞬怪訝そうな表情をしたが、再び前を向いて走り去っていった。
無数の雨粒に全身を打たれながら呆然と立ち尽くしていると、
停車していた電車の扉が閉じられ、お構いなしに走り出す。
「終電……」
とりあえず、屋根のある方へ行こう。
孝之は濡れた足元を見つめながら、とぼとぼと歩いていった。
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