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第29話

「”俺の天使だ”。いやぁ、こんなこと、イタリア男しか言えないよねぇ」 殿上は良かった良かった、と言いながらソファとテレビを挟んで置いてあるテーブルのティッシュに手を伸ばし、鼻を噛んだ。 「孝之の”天使”ちゃんにも、一緒に帰ろう、とか言ってみたら」 「次会えるかどうか分かんねぇだろ」 「夢の中で毎日会ってるじゃん」 「……相手は”野郎”だぞ」 ”天使”は、男だった。 勝手に女だと思い込んでいたのだ。 殿上にからかわれて、そうなのだと決めつけていたのがいけなかった。 疑いようがなかった。 夢で見たあの薄茶色の長い髪。白い肌。 顔立ちが女らしかったかと言えば、そうとも言い切れない。 けれど電車の中でみた”天使”はどこか中性的で、 少し線の細い雰囲気を醸し出していた。 「俺の隣で寝るのは良いけど、襲ってこないでよ」 「てめぇ、殺すぞ」 殿上は笑いながら丸フチの眼鏡をテーブルに置いて、浴室に向かっていった。 横長のスクリーンに、ちょうど映画のエンドロールが流れ始める。 孝之は大きく息を吐きながら、画面をゆっくりと流れていく白い文字を目で追った。 「…どうしたら、良いんだろうな」 もう一度、会いたい。 会って話をしたい。 目の前に現れたのなら、きっと何か理由があるはずだ。 孝之はテレビを消すと、リビングの隣にある寝室の中央に鎮座する巨大なベッドに飛び込んだ。

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