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第31話

「…ゆき…たか…孝之。孝之ってば」 「…お前かよ」 「悪かったわね。天使ちゃんじゃなくて」 瞼をゆっくりと持ち上げると、 丸ブチの眼鏡を光らせた殿上が 孝之の顔を覗き込んでいた。 時計はすでに昼の11時を指していて、 ベッド横の窓から強い陽の光が差し込んでいた。 殿上は孝之の腹にかかっている 厚手のブランケットを無理やり奪い取ると、 ベッドから出るよう促した。 「12時に女の子来るから。荷物まとめたら、出てってよ」 「ひでぇ」 孝之はゆっくりと身体を起こすと、 シーツと枕カバーを手早く引きはがし、 浴室に運んだ。 殿上に服を貸して欲しいと頼んだが、 貸してはくれなかった。 孝之の家は殿上の住む家から電車で2駅先の所にある。 近いんだから良いじゃん、と言われてしまった。 寝たままの姿で電車に乗るのは気が引けたが、スウェットを借りている以上、文句は言えなかった。 「じゃあな。世話になった」 「スーツはクリーニング出しとくからね」 「よろしく」 なんだかんだ言って、殿上は孝之に優しい。 孝之も、その優しさに甘えていることは分かっていた。 マンションのエントランスを出ると、 陽の光が一気に孝之に降り注いだ。 眩しさにふらつきながら、一人駅のホームに向かった。

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