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第35話

「あ、あぁ。はい」 「前にどこかで、お会いしましたか?」 表情を伺うように顔を覗き込まれた孝之は、 またひどく動揺した。 心の準備が出来ていない。 もし現実に”天使”がいたら、 どんなことを聞けば良いのか。 今は頭が真っ白で、何も浮かばない。 「多分…いや、初対面かも、しれないです」 男は不思議そうな顔をして、 再び桜の木に目をやった。 視線をゆっくりと幹まで下すと、 小さく溜息を吐き、呟いた。 「今からちょうど一年前に、ここに、子猫が捨てられてたんです。 木箱に入れられて。小さな身体で、精一杯声を上げて泣いてた」 猫? 一年前? 後頭部がじわりと熱くなる感覚に、 孝之は喉を鳴らした。 「誰かが掛けたのか、白い布にくるまれて。毛の色が薄茶色で、 青いビー玉みたいな目をしていて。まっすぐ俺を見つめてたんです」 夢に何度も出てきた桜の木。 夢に何度も出てきた”天使”。 ”天使”に会うたびに出る、あのくしゃみ。 夢で聞いた、あの猫の鳴き声。 名猫ラッピー? 俺の”天使?” 俺の、天使? 「…あんたが……拾ったのか……?」

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