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第42話

「あの時連れて帰ってやれなくてごめん。本当に、すまなかったと思ってる。ごめん」 えらくがたいの良い男が、 掌ほどの大きさの猫の前で 申し訳なさそうに頭を下げている姿は、 何とも言えず奇妙だった。 孝之は無愛想な男だが、 見た目ほど悪い奴ではなさそうだ。 龍司は小さく溜息を吐いて、 手に持っていたカップを回すように揺らした。 「…サクラも今は元気に暮らしてるし。もう、良いと思います」 「本当に…すいません。ありがとう」 そう言って孝之が頭を下げると、 サクラが孝之の胸をよじ登り、 孝之の顎と唇を小さな舌で舐め始めた。 「こ、こら、サクラ、だめだよ」 龍司は慌てて身を乗り出して、 孝之にしがみつくサクラに手を伸ばそうとした。 孝之はサクラにされるがまま、 微動だにしなかった。 そのこそばゆい感覚が、 夢の中の出来事を思い出させる。 軽薄な欲に嫌気が差すも、 ふわふわとした感情が喉を伝って、 頭に上ってくる。 サクラはチロチロと赤い舌を覗かせながら、 孝之の唇を舐め続けた。

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