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第58話
「…もし嫌じゃなければ、またサクラに会わせてもらえないですか」
帰り際、孝之にそう告げられた龍司は
胸に抱いていたサクラを抱く手に力を入れた。
話した内容のほとんどを、もう覚えていない。
夢の中の男は、孝之なんだろうか。
確かめようにも、何をどう伝えたら良いのか、
言葉が見つからない。
「…また、会いに来てやってください」
「ありがとう。じゃあ、また」
玄関の扉が閉まる音が、身体に重く響いた。
その夜、龍司はこの1ヶ月間見続けた例の夢を見なかった。
『それさ、その男に会うまで夢に出続けるとか、そういうやつ?』
先日山波に言われた言葉を思い出した。
夢を見なかったということは、
孝之が夢の中に出てきた男だという事を
認めたようなものじゃないか。
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