65 / 108
第65話
「孝之…孝之、しっかり、しっかりしろって。おい」
いくら身体を揺すっても、
孝之は龍司の膝の上に全体重をかけたまま微動だにしない。
濡れたスーツが身体に張り付いて、
居心地が悪かった。
雨ですっかりしぼんだ黒い前髪は額にぴたりと張り付き、孝之の視界を覆う。
それを軽く人差し指で持ち上げようとすると、孝之が目を覚ました。
「…孝之?大丈夫?」
龍司の膝の上からこちらを見上げるように、
瞳をゆっくりと動かしている。
自分の手首を支えに身体を起こすと、
龍司の鼻の先まで顔を寄せてきた。
アルコールの匂いが、
さきほどより強く感じられる。
「酒くさ。飲み過ぎだろ。玄関で倒れてたんだぞ」
龍司が孝之の胸を押しのけようとすると、
孝之は体重を前にかけ、
龍司の唇に自分の唇を重ねた。
孝之の唇は雨に濡れてすっかり冷たくなっていた。
状況を把握しきれない龍司はその場で固まったままでいた。
そのままのしかかられる形で、玄関の壁に後頭部を押し当てた。
ともだちにシェアしよう!