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第六章 夢であり、幻であっても

一度現実の世界で会ってしまったらもう、 夢には出てこないはずだろう。 そう思っていた。 辺りは霞みがかっていて、 ここがどこなのか分からない。 また、変な夢を見ているのか。 恐る恐る足を前へと踏み出すと、 後ろから誰かに抱きとめられた。 背中に温もりを感じる。 体を覆われるような感覚に戸惑いながら、 ゆっくりと後ろを振り返った。 「孝之…」 見覚えのある、黒い髪の、大柄の男。 何かを言いたげに瞳を泳がせている。 しばらく様子を伺っていたが、 孝之は何も言わなかった。 「…もう…"お前に会いたい"って、言わないんだな」 孝之は、黙ったまま立ち尽くしていた。 「もう、会えたんだもんな。サクラに。 探していたやつに。だったらもう…夢に出てこなくても…良いだろ」 吐き捨てるように呟くと、 孝之が腕を伸ばしてきた。 「孝…之…」 「龍司……」 孝之の胸に抱きとめられた。 あの時もそうだった。 あの、どしゃ降りの金曜の夜も。 「やめろよ…誰かと勘違いしてんだろ…」 「龍司……」 「やめろよ!俺の名前を呼ぶな…」 「龍司……」 「しつこい!」 なぜ、こんなにも腹立たしく感じるんだろう。 孝之は龍司の顔を上から覗き込むようにして、 唇を重ねてきた。 「龍司……」 「孝之…っ!…たか……」 優しい唇は何度も何度も龍司を犯し、 身体中に刺激を流し入れていく。 どうして。 あの夜の時もそうだった。 雨に濡れた冷たい唇。 口の中に入れられた、舌の熱さ。 「龍司……」 「孝之……なんで……」 龍司は、押し迫ってくる孝之の背中に腕を回した。

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