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第71話
「…っちゃん……まっちゃん!」
視線の先には、眉をひそめる同僚の山南の姿があった。
「大丈夫?早く食べないと、昼休み終わっちゃうぞ」
「…ごめん」
山南は心ここに在らずといった龍司を見かねて、
職場近くのイタリアンレストランに昼食に連れ出してくれた。
物静かな老夫婦が営むこの小さな店は、
山南のお気に入りだった。
「食べないならそのチキンピカタ、ちょうだいよ」
「…ん」
龍司はチキンピカタの乗った皿を山南に手渡した。
店内に3つしかないテーブルは、満席だった。
客は皆小声で話しながら食事をしている。
龍司と山南が座った席は窓際で、
すこしだけ開いた窓から
生温かい風が静かに入り込んできた。
龍司が窓からぼうっと外を眺めていると、
山南が小さく溜息を吐いた。
「まっちゃん…大丈夫?」
「…だめかも」
「だめ!?」
張り上げた山南の声に、周囲の視線が集まる。
洗い物をしていた店主は、店の奥の厨房からすこし顔を出してこちらの様子を伺っていた。
「…だめって、どういうこと?」
身を屈めながら小声で問いかける山南に、
龍司は小さく溜息を吐いた。
「"あの夢"が……」
「同じ奴が何度も出てくるやつ?」
「一度は見なくなったんだけど。ここのところまた見るようになって…」
「それでそんなに、イライラしてるの?」
「…イライラ?俺が?」
山南は小さく頷きながら、チキンピカタをナイフとフォークで丁寧に切り分け、手早く口に運んだ。
苛立ち。
自分は何に苛立ちを覚えているんだろう。
よく、分からない。
あの夜の出来事から2週間が経っていた。
孝之からの連絡はない。
いつもなら3、4日に一度はサクラの写真を送ってくれと言って
連絡をよこしていたのに、
それもあの日を境にピタリと止んだ。
何か、思う所があるのだろう。
謝ってほしい訳じゃない。
なぜあの日、家に来たのか。
今、何を考えているのか。
それをどうやって孝之に聞きだせば良いのか。
憶測ばかりが飛び交って、頭の奥が痛くなる。
「疲れが溜まってるのかもしれないよ。今日は早く上がったら」
「…うん。そうする」
飲み干したコーヒーカップの底を見つめながら、
龍司は力なく返事をした。
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