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第72話

「ただいま。…サクラ?」 部屋の中は静まり返っている。 いつもは龍司を迎えるように響く小さく軽やかな鳴き声が、 今日はなぜか聞こえてこない。 「ちょっと待って、今行くから」 部屋の一番奥にある白いゲージの中に、 小さく丸まったサクラがいた。 眠っているのか、薄茶色の毛並が小刻みに上下している。 置いていった食事に手を付けた様子がない。 「サクラ…?具合悪いのか…?」 ゲージの扉を開けてサクラを抱き寄せた。 いつもより少しだけ、体温が高い気がする。 触るとすぐに目を覚ますはずなのに、反応が乏しい。 手汗がじわりと龍司の手を濡らした。 ただでさえ身体の小さいサクラには、 何が起きてもおかしくない。 普段有り余るほどの元気を振りまいてるだけに、 そのことをすっかり忘れていた。 膝が震え、立っていられずその場に座り込む。 とりあえず病院に連れて行かなければ。 徐々に浅くなる呼吸を必死に押さえつけ、 着ていたベージュのトレンチコートのポケットに手を伸ばそうとした時だった。 ポケットが、振動した。 震える手をポケットに押しこめ携帯を取り出すも、 すぐに汗ばんだ手から床に滑り落ちてしまった。 画面に表示されていたのは、”羽鳥 孝之”の名前だった。 掌をコートで何度も拭い、”応答”ボタンを押す。 『…もしもし………龍司?』 「孝…之…サクラが…サクラが…」

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