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第85話
遠くでビニール袋の擦れる音が聞こえる。
いつの間にか眠りに落ちてしまったようだ。
布団の中で身体を動かすと、関節がきしむ。
痛みに顔を歪めながら重い瞼をゆっくりと開くと、すぐ隣に人の姿が見える。
「ごめん…起こした?」
わずかに開いた視界の中に、
龍司の姿が映った。
手に持っていた大きめのビニール袋から取り出したのは風邪薬、冷却用シート、卓上用の箱ティッシュ。
孝之が買ってきて欲しいと頼んだものを、
ベッドサイドの机に並べていたところだった。
「今何時…龍司…会社は?」
「今は…ちょうど昼の12時。今日は、休み取ってたんだ」
「悪いな…せっかくの休みの日に」
「良いよ。熱は…ありそうだな」
少し赤い顔をして布団から顔を覗かせている
孝之を見て、龍司は少し笑った。
その笑顔で、身体の力が少し緩まったのを感じた。
龍司は冷却用シートを箱から取り出して、
孝之の額に貼った。
黒い前髪を手で持ち上げた時、
わずかに触れた額は確かに熱かった。
シートを貼り付けられた孝之の顔は
安堵したように見える。
孝之は布団から手を伸ばし、
ベッドの足元に置いてあった鞄を指差した。
「マスク…」
「するの?苦しくない?」
「違う…俺の風邪がうつるから」
龍司にと、気を使ってくれたようだった。
龍司は俺は良いよと言って立ち上がると、
台所に向かった。
遠くでまた、ビニール袋の擦れる音が聞こえてくる。
聞き取れない程小さな声で、何かを言っている。
目を閉じていると、龍司が寝室に戻ってきた。
「台所、借りるよ。おかゆで良い?」
「あぁ…ありがとう」
龍司は小さく頷いて、再び台所に向かった。
しばらくして、鰹出汁の良い香りがしてくる。
何か食材をリズム良く刻んでいる音も聞こえる。
手慣れたもんだな。
孝之は目を閉じて想像力を働かせながら、
食事が出来上がるのを静かに待っていた。
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