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第86話

「おまたせ」 龍司は出来立ての粥を孝之の部屋まで運んできた。 刻んでいたのは、長ネギだったようだ。 器に盛られた粥をお盆に載せて、 ベッドサイドのテーブルに置く。 「身体…起こせる?」 「あぁ…っ…つ」 「大丈…夫…?」 「関節が…きしむ」 龍司に背中を支えてもらいながら、 ゆっくりと身体を起こす。 背中は汗でぐっしょりと濡れていた。 着ていたパジャマが張り付いて、心地悪い。 「着替え…先にした方が良かったな」 「いや…後ででいいよ。ありがとう」 龍司の気遣いが身に染みる。 今までは何かあるといつも、 殿上が助けに来てくれていた。 なんだかんだ文句は言いつつも、 いつも手を差し伸べてくれていた。 今はこうして、龍司が手を差し伸べてくれている。 いつも誰かに支えられている。 そのありがたみが、孝之の心をまた一つ緩ませていく。 「…ありがとう」 突然の孝之の言葉に、 龍司は少し驚いた顔をした。 「…うん」 置き場のない視線をベッドサイドのテーブルに向けて、 粥の乗ったお盆ごと孝之の膝に置いた。 粥から立ち上る湯気を顔に受けながら、 添えられたレンゲを手に取った。 「ごちそうさま」 孝之は時間を掛けて粥を全て平らげた。 粥を口にしている間、龍司は静かに孝之を見守っていた。 時々目を合わせると、少し視線を逸らしてごめんと小さく呟く。 熱と粥の熱さで、またすこし汗が吹き出しパジャマを濡らした。 お盆を龍司に手渡して、着替えを持ってきてくれるよう頼んだ。 龍司は分かったと頷くと一度台所に向かった。 しばらくすると、タオルを数枚持って、寝室に戻ってきた。 浴室から探し出してきたようだ。 孝之が指差す先にあるクローゼットの中から、孝之の着替えを見繕う。 クローゼットは服一枚一枚がきれいにハンガーに掛けられていた。 孝之の几帳面な性格が伺える。 龍司は引き出しの中から新しいパジャマと下着を取り出し、ベッドの上に優しく置いた。 「汗かいてるから、身体拭いたほうが良い。水、持ってくる」 そう言って、龍司は再び浴室に向かっていった。 孝之は、汗ですっかり濡れたパジャマのボタンに手を掛けた。 ボタンを摘まむ指は少しだけ、震えていた。

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