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第87話

「悪い…これ」 「良いよ。洗濯機に入れちゃって良い?」 「頼む」 孝之は汗を含んで重くなったパジャマを龍司に手渡した。 龍司はそれをバスタオルの上に乗せてくるみ、足元に置いた。 ベッドサイドには水を張った洗面器が置かれていた。 龍司は小さめのタオルを取り出すと、 それを洗面器に浸し、水を吹くませ、固く絞った。 首の後ろにタオルをあてられる。 肌に触れるひんやりとした感覚に意識を預けて、目を瞑った。 背骨を伝って、ゆっくりと龍司の手が動いていく。 呼吸をするたび、孝之の背中は大きく膨らんだ。 「子どもの頃、妹がよく熱出してて。看病してたんだ」 「妹?…それで…すごく、慣れてるなと思った」 「”桜”って言うんだ。名前」 「え……」 「違う。妹の名前を付けたんじゃないよ。サクラは、桜の木の下にいたから。たまたまだよ」 「…なんだ…妹…ラブなのかと思った」 違うってば、と語気を強めながらも、 身体を拭く手は優しかった。 笑うたびに熱が上がり、頭がぐらつくのを感じた。 近くに龍司がいる。 そう思うだけで、意識は今にも遠のきそうだった。 龍司の手は孝之の脇の下を通って胸まで回ってきた。 程よく鍛えられた身体は浅い呼吸で上下し、 汗を浮きだたせている。 身体の隅々まで丁寧に汗を拭きとる龍司の頭が、ちょうど孝之の顔の前にやってきた。 あぁ、この白いうなじには見覚えがある。 この細い首には、見覚えがある。 ふつふつと湧き上がる熱は孝之の脳を溶かしていく。 溶けてどろどろになった意識は、 目の前の白いうなじにゆっくりと流れ落ちていった。

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