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第88話
首元に重く体重がのしかかるのを感じて、
龍司は俯いた姿勢のまま、
身体を動かせなくなった。
焼きつくような熱い吐息が
ゆっくりと首に降りかかると、
肩をすくませずにはいられなくなる。
時折首筋に触れるのは、唇なのか。
振り返って確かめることもできず、
ただ身体を孝之の前で丸めたまま固まっていた。
「…悪い…少し…このままで…」
低く息を含んだ声が龍司の身体を痺れさせた。
腰回りがざわざわと震え出し、
額に汗を滲ませる。
鼓動が早まるのを悟られないように、
必死に息を飲み込んだ。
夢ではない。
これは現実だ。
「…孝…之……」
孝之は何も答えなかった。
ただ龍司の後頭部に額を乗せ、
浅く呼吸を繰り返している。
横隔膜が揺れて動いているのが視界に入る。
腹は先程拭いた時よりも汗ばんでいるように見えた。
ふと、龍司の肩が孝之の身体に触れた。
肌が波打つ程高鳴る鼓動が、
肩越しに伝わってくる。
伝染したかのように、龍司の鼓動も早くなる。
とてつもない焦りと興奮に、息が止まりそうだった。
「孝之……孝之…ちょっと…重い…」
「……悪い……」
孝之は額をゆっくりと龍司の頭から離した。
龍司はすぐさま身体を離し、
床に置いていた孝之のパジャマを手にして寝室を後にした。
そのまま浴室に向かい、
洗濯機にパジャマを放り込んだ瞬間、しゃがみ込んだ。
まだ、動悸が治まらない。
首元に当たった熱が、
まとわりついて離れない。
耳元で話した孝之の声が、
まとわりついて離れない。
頭を横に大きく振っても、
それは消えてはくれなかった。
「助けて……」
どんな顔をしてあの部屋に戻れば良い。
相手は病人で、
ただ苦しんでいるだけだと分かっていても
動揺してしまう自分がいる。
昨日の出来事が、鮮明に思い出される。
龍司は自分の膝に顔を埋めて、
力なく呟いた。
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