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第89話

寝室の扉をゆっくりと開けると、 孝之は仰向けになって眠っていた。 身体を拭いたきりで、 上半身は裸のままだった。 服を着させる前に 部屋を飛び出してしまったのがいけなかった。 せめて、新しい着替えを着せてやれば良かった。 ベッドの脇にそっと近づいて、 孝之の身体を起こそうとした。 すっかり眠りに落ちた男の身体は重く沈み、 持ち上げられそうにない。 龍司は溜息を吐いて、 着替えの上着を孝之の身体に掛けた。 「…ごめん…なんか…中途半端なことしちゃって」 孝之は浅い呼吸を繰り返していた。 時折眉をひそめるのは、 身体の痛みか、熱によるものなのか。 掌を孝之の頬にそっと当ててみると、 眉間のしわがゆっくりと緩んでいく。 乾いた唇を、親指でなぞった。 震えるような熱い吐息が指にかかる。 すると孝之は頭を左右に揺らし、 唇を微かに動かし始めた。 何かを呟いているようだ。 「…て…くれ…」 「……孝之…?」 孝之はうっすらと目を開けると、 右手を伸ばして龍司の腕を掴んだ。 夢の世界を彷徨っているのか、 焦点が定まっていない。 龍司の腕を掴む手は、弱々しく握られる。 龍司は、掴まれた腕を握り返して、 孝之の口元に顔を近づけた。 「…孝之…」 「許して…くれ……」 龍司は、消え入りそうな声で呟く孝之の乾いた唇に自分の唇を重ねた。 すぐに顔を離して、 大きく上下する孝之の胸に耳を押し当てた。 鼓動が孝之の頬を打ち返して来る。 胸の高鳴りが、龍司の身体を熱くする。 「お前の夢の世界が知りたいよ…孝之…」 孝之の目は閉じられていた。 龍司の腕を掴んでいた手の力は失われ、 ベッドの外にだらりと垂れ下がる。 その手を布団の中に戻し、もう一度、乾いた唇に自分の唇を重ねた。 「…俺と…同じ夢を見ているのか…知りたいよ」 絞り出すような声でそう囁いて。 龍司はまた、ベッドの横にしゃがみ込んだ。

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