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第92話

龍司は鼻で大きく息を吸った後、 顔を横に振りほどいた。 「…ゆき…孝…之…」 伸ばされた龍司の腕は孝之の背中に回される。 引き付けられるように身を寄せると、 龍司の顔が孝之の耳元に触れた。 身体を動かさないように。 ただ、静かに息をする。 吐く息が震える。 鼓動が龍司の身体に触れないように することに精一杯だった。 耳元を掠める龍司の寝息は、 孝之の身体の自由を奪っていく。 これは、夢? 何もかもが、次に瞬きをした時には 消えてなくなるような気がする。 「孝…之……おし…えて……」 「龍…司…」 少し開かれた唇から漏れ出たその言葉に、 孝之は喉を鳴らした。 背中に回された手に力が入る。 身体は徐々に龍司に引き寄せられ、 孝之の耳元にあった顔が、互いの鼻が触れそうな程近づいた。 うっすらと開かれた龍司の瞳。 もう今は、何も頭に浮かばない。

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