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第94話

「…眠れない」 孝之に用意してもらったエアベッドの上を何度も寝返りながら、 龍司は天井を仰ぎ見た。 枕に何度も顔を埋めて目を瞑ってはみるものの、心は安らぎを与えられることなく、ざわめいている。 リビングに敷かれたエアベッドは 程良い弾力で、龍司の身体を押し返す。 その心地よさとは裏腹に、 溜息ばかりが静かな部屋の中にこだました。 孝之は必要であれば何でも使ってくれと言っていた。 龍司は起き上がってキッチンに向かい、 冷蔵庫の扉を開けた。 浴室からシャワーの音が聞こえてくる。 中途半端に身体を拭いて部屋を出たことを思い出し、顔が熱くなる。 「…女子力高いセレクション」 炭酸のよく聞いた、 甘いジュースのような缶の酒と、ドライフルーツ。 龍司は笑いながら”ピーチ味”と書かれた缶を手に持ってリビングのソファに腰掛けた。 ソファの前にあるローテーブルに乗ったリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。 ”世界名作シリーズ 『名猫ラッピー』” 「めいねこ…?めい…びょう…?聞いたことないな」 缶のプルトップに指を掛けると、 軽快な音を立てて泡が吹き出してきた。 それを慌てて口に運ぶ。 あまりの甘さに、思わず顔をしかめた。 これはジュースだ。 酒をちびちびと口に運びながら、 テレビの画面を目で追った。 物語は劇的な展開もなく、 ただ淡々と進んでいく。 ベージュのトレンチコートの襟を高く立てたイタリア人の男が、 街のはずれにある公園の大きな樹の下で、 木の箱を見つけた。 男はその木の箱にゆっくりと近づいていく。 この先の展開は、映画のタイトルからも何となく予想がつく。 龍司は再びキッチンに向かい、 冷蔵庫の扉を開けた。 1本目の缶はあっという間に飲み干した。 次は”オレンジ味”の缶を手に取り、 ソファに戻った。 テレビには、 こちらを見上げる子猫の愛らしい顔が 画面いっぱいに映し出されていた。 「かわいい…」 龍司はソファに深く腰掛け、前かがみになりながら画面をじっと見つめた。 初めてサクラに出会った時も、 こんな風に見つめられたのを思い出す。 小さい身体に、くりくりとした、大きな瞳。 白いタオルにくるまれて、 か細い鳴き声を上げていた。 あまりにも愛らしいその姿を見たら、 放っておくことは出来なかった。 『お前は、俺の天使だ…一緒に帰ろう…』 男は子猫を大きな手で包み込むように自分の胸元に引き寄せて、 街の方へと去って行った。 画面が、静かに暗転する。 「イタリア人て…すごい…」 すっかり映画に釘付けになっていると、 リビングの扉が開く音が聞こえてきた。

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